先日、雑誌『聖母の騎士』に掲載された103歳で帰天したポーランド出身修道士の記事をご紹介しました。

 

今日ご紹介するのは同じ『聖母の騎士』2013年6月号に掲載されたアンドレア崎辺修道士についての記事です。

 

この記事も先日のものと同様に故小崎登明修道士によって書かれたものです。

 

アンドレア崎辺修道士は1年半ほど老人ホームに入居していましたが、2013年4月6日に帰天されました。享年86歳でした。

 

外部との接触が殆どなかったため、告別式の出席者は少なく弔電は1通もなかったとのことです。

 

アンドレア崎辺修道士は20数年前に兵庫県から転任して来て以来、掃除や食器洗い、営繕など、言葉は不適切かもしれませんが、修道院の裏方に徹する日々を過ごしました。

 

小崎修道士が葬儀で読み上げた「天国へ見送る言葉」をそのまま引用すれば

 

「アンドレアさんは、古典的な修道士の行き方をした模範です。 昔ながらの修道生活を、真っ直ぐに、ぶれることなく、貫いた生涯でした」

 

というのです。

 

そのように生涯を神に捧げた修道生活でしたが、アンドレア崎辺修道士にもささやかな楽しみがありました。

 

それは年2回の休暇には故郷の平戸島に2泊3日で泊まりに行きました。

 

彼の唯一の趣味は橋を眺めることで、「平戸大橋が最高だ」と言っておられたとのこと。

 

そしてもう一つの楽しみは佐世保港の九十九島船巡りの乗り場でスパゲッテイを食べることでした。

 

戦前の若い頃には運搬船に乗っていた彼にとっては港の風景は本当に懐かしいものだったのでしょう。

 

聖コルベ神父の生誕100周年の日(1994年1月8日)、食堂に集まった修道士が「コルベ神父の遺産をどう受け継ぐか」について話し合ったとき、アンドレア崎辺修道士は次のような意見を述べたとのことです

 

「わたしたちはコルベのように成る必要はないんです。私たちは私たち個人の聖成に生きる。神さまが私に望んでおられる聖成に生きる。これが大切です。私はわたしで精いっぱい美しく咲かせればよい。野の花もある。崖っぷちの花もある。豪華な花もある。それが全体となって神の花園に咲くんです。」

 

その言葉通り、彼は修道院の隠れた支えの手として黙々と働く生涯を歩みきって天に帰って行ったのでした。

 

今、日本のキリスト教界をみると、このアンドレア崎辺修道士とは真逆の生き方をしている聖職者がカトリックにもプロテスタントにも大勢います。

 

教派・教団内での出世を目論んで教会政治に明け暮れていたり、災害復興支援活動でも自分が中心にいないと気がすまなかったり、教会をそっちのけで政治活動に明け暮れたり、自分の著作を売り込むのになりふり構わず奔走していたり、と誠に見苦しい限りなのです。

 

友人のカトリック司祭に聞いたところ、今でも生涯を修道院の「裏方」として捧げる修道士は日本人、外国人を問わずに大勢いるとのことでした。

 

この修道士たちの爪の垢でもこれらの「聖職者」たちに煎じて飲ませてやりたいですね。

 

アンドレア崎辺修道士は

 

主イエスのお傍に侍る奉公人であり、生涯を神に捧げた自分に誇りを持ち、最後まで奉献生活を貫いた

 

のでした。

 

志をはたして、いつの日にか、故郷へ帰らん。

 

『聖母の騎士』2013年6月号「志を果たして故郷に帰る」より