サムエルは油の入った角を取り出し、兄弟たちの中で彼に油を注いだ。その日以来、主の霊が激しく降るようになった(13節)
今日の旧約聖書朗読箇所ではダビデが王に選ばれるプロセスが描かれています。
雨宮慧神父によれば、この物語は
サウルからダビデへの王位交代を神学的に説明することにある(『主日の聖書解説<A年>』)
ということになります。
興味深いのは、
このダビデの選考プロセスはサウルの場合と全く同じだ(同上)
ということです
サウルの選考についてはサムエル記上9章15節〜10章13節に詳しく書かれています。
サウルは
美しい若者で、彼の美しさに及ぶ者はイスラエルにはだれもいなかった。民のだれよりも肩から上の分だけ背が高かった(9章2節)
と書かれるような若者でしたし、ダビデについても
血色が良く、目は美しく、姿も立派であった(16章12節)
と書かれています。
確かにサウルもダビデも容姿端麗ではありましたが、決して社会的に目立つ存在ではありませんでした。
しかし、預言者サムエルがサウルに会った時、神はサムエルに
わたしがあなたに言ったのはこの男のことだ。この男がわたしの民を支配する(9章17節)
と告げますし、ダビデの場合も
立って彼に油を注ぎなさい。これがその人だ(16章12節)
と告げたのです。
そこで、サムエルが
油の壺を取り、サウルの頭に油を注ぎ、彼に口づけして...(
10章1節)
油の入った角を取り出し、兄弟たちの中で彼(ダビデ)に油を注いだ(16章13節)
と各々、書かれています。
この油を注ぐの原語מָשַׁחから油注がれた者つまりメシヤהמשיחとなることは良くご存知のことと思います。
実はサムエル記上8章を読むと、元来サムエルは王を立てることに反対だったことが分かります。
イスラエルの民が王の擁立を求めたのに対し、サムエルは
こうして、あなたたちは王の奴隷となる。その日あなたたちは、自分が選んだ王のゆえに、泣き叫ぶ。しかし、主はその日、あなたたちに答えてはくださらない(17節b〜18節)
と彼らに告げたのです。
しかし、神はサウルを、そして後にはダビデを見出してサムエルに油注ぎを命じたのです。
人は目に映ることを見るが、主は心によって見る(『主日の聖書解説<A年>』
のです。
こうして、サムエルはサウルそして後にはダビデに油を注ぎ、王としたのです。
参考:
雨宮慧『主日の聖書解説<A年>』教友社
『図解雑学 旧約聖書』ナツメ社
浅野順一、左近義慈他編『口語旧約聖書略解』日本基督教団出版部