アブラムは、主の言葉に従って旅立った(4節)

 

今日の朗読箇所に先立つ11章26~32節には

 

カルデアのウルに住んでいたテラという人物が息子のアブラムと彼の嫁サライ、ウルで死去した息子ハランの息子ロトを伴ってウルを離れ、カナンを目指したものの途中のハランで留まった

 

と書かれています。

 

そもそもテラウルを離れることになったのか、聖書には書かれていません。

 

ユダヤ研究家・手島佑郎氏によるとユダヤ教ラビ達の間には

 

テラはメソポタミアの神々の偶像を製造販売する土産物屋をウルで営んでいたが、店を手伝ってはいたものの余り商売熱心ではなかったアブラムが二ムロド王に献納するはずの像を壊してしまって王の不興を買いウルにはいられなくなった

 

という伝承があるそうです(『創世記~ユダヤ発想の原点~(上)』)

 

そして、手島氏によると

 

ウルאוּרという都市名で実は炎を意味する אוּרと同音意義であり、テラが「ウルを出た」というのは「炎を逃れた」つまり危うく火あぶりになるところを脱出した

 

というのです(同上)

 

こうなりますと、聊かこじつけめいた話になってしまいますが、いずれにせよ聖書本文にはない伝承ということで一旦は収めておきましょう。

 

神がアブラムに与えた言葉は

 

あなたは生まれ故郷

父の家を離れて

わたしが示す地に行きなさい(1節)

 

というものでした。

 

ここで奇異に感じるのは「生まれ故郷」という言葉ですね。

 

原文を直訳すると「あなたの国からあなたの家族から」となります。先に見たようにアブラムはテラ達と共に出生地のウルからハランに移り住んでいたのです。

 

この箇所は新しい聖書協会訳では「生まれた地と親族」と微妙に変えられていますが、代表的な英語聖書の一つであるRevised Standard Versionでは

 

Go from your country and your kindred

 

と訳されていて、なぜ日本聖書協会が「生まれ故郷」に固執しているのかは分かりません。

 

次の「父の家を離れて」にも面白いことがあります。

 

直訳ですと「あなたの国から、あなたの家族から、そしてあなたの父の家から」となり、いわば神がアブラムに畳み掛けるように話しているニュアンスです。

 

この「父の家」が問題です。

 

11章の終わりから12章初めの部分から拾い出してみると

 

テラが七十歳になったとき、アブラム、ナホル、ハランが生まれた(11章26節)

テラは二百五年の生涯を終えて、ハランで死んだ(32節)

アブラムは、ハランを出発したとき七十五歳であった(12章4節)

 

とあります。

 

75歳とか205歳とかが非現実的な数字であることはいったん置いておくとして、時系列的に見れば息子アブラムは父テラが存命中に家を出たことが分かります。

 

古代社会において息子が父の家を出るということの重さはあの有名な「放蕩息子のたとえ」(ルカによる福音書15章11〜32節)からも窺い知ることが出来るでしょう。

 

神はアブラムに「父の家を捨てよ」という重い決断を促しますが、しかも神は彼に「わたしが示す地に行け」とだけ言って具体的な地名を挙げていません。

 

再び手島氏の解説によると、この部分の原文にある「レーフ(לֶךְ)・レッハッ(לְךָ֛)」という言葉は「あなた自身で、あなた自身に向かって歩みなさい」という意味だということです(『創世記~ユダヤ発想の原点~(上)』)

 

つまり、神はアブラムに

 

わたしが示すところに向かえ。ただし、お前は父親を初め誰にも頼ることは出来ない。自分自身に立ち向かうのだ

 

と言ったのでした。

 

わたしはあなたを大いなる国民にし

あなたを祝福し、あなたの名を高める(2節)

 

神が示した所にだれにも頼らずに行けば、神は祝福を与えます。

 

「行け、そうしたら祝福しよう」というのがアブラムに与えられた人生の課題だった(同上)

 

のです。

 

ただ、アブラムにとっての大きな試練はこれだけではありませんでした。

 

後年、アブラハムと改名したアブラムは高齢になって人生2度目の、そして究極の試練に遭うことになります(創世記22章1~19節)

 

 

参考:

 

雨宮慧『主日の聖書解説<A年>』教友社

   『図解雑学  旧約聖書』ナツメ社

手島佑郎『創世記~ユダヤ発想の原点~(上)』ぎょうせい

小辻誠祐『ユダヤ民族  その四千年の歩み』誠信書房