長老たちはダビデに油を注ぎ、イスラエルの王とした(3節)
今日の旧約聖書朗読箇所の背景となっているサウル王とダビデの出会い、そしてその後に展開は極めて劇的です。
そのドラマは源平・鎌倉幕府や戦国武将などに置き換えてもそっくりそのまま通用しそうなほど面白いのですが、それについてはいずれゆっくりご紹介する機会があると思います。
今日の朗読箇所にはヘブロンを拠点として南王国の王であったダビデのもとにイスラエルの全部族がやって来たと書かれています。
ここで
ヘブロンを拠点として
イスラエルの
と断っていることに注目しましょう。
先ず、ヘブロンはエルサレムから南西に約30㎞、現在は、パレスチナ自治政府のいわゆる「ウェストバンク(西岸地区)」にあります。
今日の聖書箇所の時点ではダビデ王の南王国の首都はエルサレムではなかったわけです。
また、イスラエルのとあるのは南のユダ王国に対する北王国を指しています。
つまり、今日のエピソードを通してダビデが南北統一王国の王となるということになります。
北イスラエル王国の長老たちはダビデの頭に油を注ぎ、彼を王としました。
この「油を注ぐ」がヘブライ語でמָשַׁחで、旧約聖書においては王または祭司、預言者の任職を示す行為です。
ですから、王は「油を注がれた者」つまりメシアということになります。
私たちは普通メシアという言葉を聞くと「救世主」や場合によっては「教祖」をすぐに思い浮かべます。
しかし、旧約聖書学者の関根清三氏によると
旧約正典ではメシアが将来の救世主の意味で使われる用例は一つもない(『岩波キリスト教辞典』)
とのことです。
旧約の世界においてメシアはあくまで人間の王でした。
預言者サムエルはイスラエルを統治する人間の王を立てることを望む民の説得を試みたました(サムエル記上8章5節以下)
ユダヤの伝統において本来、人間を統治することが出来るのは人間ではなく神でした。
イスラエルの全部族の要請に応え長老たちに「油を注がれて」ダビデは南北両王国の王となりました。
しかし
主こそ真の王であるという信仰は根強く生き続け(中略)理想の王(メシア王)の到来を待望させる力となった(『主日の聖書解説<C年>』
ということです。
参考;
雨宮慧『主日の聖書解説<C年>』教友社
『図解雑学 旧約聖書』ナツメ社
大貫隆他編『岩波キリスト教辞典』岩波書店