偉くなればなるほど、自らへりくだれ。そうすれば主は喜受け入れてくださる(18節)

 

今日の旧約聖書朗読は「旧約聖書続編」のシラ書からです。

 

雨宮慧神父によるとシラ書

 

1. 「シラの子、エルサレムに住むイエスス」によって

 BCE190年頃にヘブライ語で書かれ、孫の手でギリシャ語

 に訳された。

 

2. ギリシャ・ローマ文化がユダヤ社会に押し寄せる中で

 ユダヤの伝統的な宗教観の意義を説いている。

 

3. 箴言、ヨブ記、コヘレトの言葉、知恵の書と共に「知

 恵文学」に属する

 

ものとされています(『主日の聖書解説<C年>』)

 

更に、その構成を見ると

 

1. 道徳的教訓(1~43章)

 

2. ユダヤ人の先祖に対する讃美(44~50章24節)

 

3. 神讃美と知恵探求の勧め(50章25節~51章)

 

となっています(『図解雑学 旧約聖書』)

 

今日の朗読では2つの言葉を学びましょう。

 

まず、18節と20節にある「へりくだる」です。

 

 この原語はταπεινόω(タネイノウ)ですが、「低くする」という意味です。

 

今日の「福音朗読」でも出てきますが、

 

「主の威光は壮大」(20節)であることを知った者は「へりくだり」ます。(『主日の聖書解説<C年>』)

 

それは、客人や目上の人はとりあえず上座に、という私たちの一般的な常識とは違うレベルでの話です。

 

次に20節の「あがめられる」です。

 

ここでは受動態になっていますが、元の言葉「あがめる」は聖書にはしょっちゅう出てくる言葉です。

 

「あがめる」の原語は δοξάζω(ドクサゾー)ですが、その名詞形δόξα(ドクサ)は栄光を意味します。

 

 そこでδοξάζω(ドクサゾー)は「栄光を帰す」ことを現します。

 

「栄光の出所」は神にあるので、神をあがめる、とは「栄光を神に帰す」ことに他なりません。

 

参考:

 

雨宮慧『主日の聖書解説<C年>』教友社

   『図解雑学 旧約聖書』ナツメ社