それは、聖なる民が、順境も逆境も心を合わせて受け止めるということである。(9節)

 

今日の旧約聖書朗読は「旧約聖書続編」に属する知恵の書からです。

 

以前にも触れましたように、「旧約聖書続編」はカトリック教会では「第二正典」としてその中に含まれているいくつかの書が読まれますが、プロテスタント教会では「外典」として扱われています。

 

「知恵の書」はBCE一世紀頃にエジプトのアレクサンドリアで書かれたと考えられています。

 

雨宮慧神父によると、

 

この時代にはヘレニズム文化がディアスポラユダヤ人だけでなく、エルサレムに住むユダヤ人にまで浸透していた(『主日の聖書解説<C年>』)

 

のでした。

 

今日の「知恵の書」は同じく「旧約聖書続編」に含まれているシラ書と共に

 

このような時代背景にあって、伝統的な価値を説こうとしている(同上)

 

ということです。

 

6節には

 

あの夜のこと

 

と書かれています.

 

この「あの夜」とは出エジプト記12章に書かれている「過ぎ越しの夜」に他なりません。

 

イスラエルの人々はモーセをリーダーとしてエジプトを発ったのですが、

 

その夜、主は、彼らをエジプトの国から導くために寝ずの晩をされた(出エジプト記12章42節)

 

のでした。

 

この「過ぎ越し」を祝う「過越祭」はユダヤの祭りの中でも最も大事なものの一つです。

 

上に雨宮神父の言葉を引用しましたように「知恵の書」が書かれた当時、ヘレニズム文化がユダヤ社会に深く浸透したために「過越祭」も本来の意義が忘れられ、単にたくさんある年中行事のの内の一つとなっていたのかもしれません。

 

そうした中、「知恵の書」の著者は

 

「あの夜」のことを描くことによって、祭りの意義を再確認させようとしています。(『主日の聖書解説<C年>』)

 

ということなのでしょう。

 

参考:

 

雨宮慧『主日の聖書解説<C年>』教友社

   『図解雑学 旧約聖書』ナツメ社