それから彼は立ってエリヤに従い、彼に伝えた(21節)

 

 

アハブ王妃イゼベルの追跡を逃れて「神の山ホレブ」に逃れた預言者エリヤに神の声が臨みました。

 

しかし、それは大きな声ではありませんでした。聞こえて来たのは「静かにささやく声」(9章14節)だったのです。

 

神の声はエリヤに彼の後継者として「アベル・メホラのシャファトの子エリシャ」「油を注ぐ」ことを指示します。

 

19節以下にはエリヤエリシャに会い、彼を後継者として「召し出す」様子が書かれています。

 

エリヤはそこをたち、十二軛の牛を前に行かせて畑を耕しているシャフトの子エリシャに出会った(19節)

 

ここに出てくる軛とは、農耕用に複数の牛や馬を使う場合に首のところで繋ぐための器具です。

 

 

この軛についてはマタイによる福音書に

 

わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである(11章30節)

 

という有名なイエスの言葉が記されています。

 

畑を耕しているエリシャのそばを通り過ぎる時、エリヤは彼に「外套を投げかけた」(19節)のです。

 

エリシャは牛を放り出して、エリヤの後を追い

 

わたしの父、わたしの母に別れの接吻をさせてください。

それからあなたに従います(20節)

 

と、エリヤに言います。

 

このエリシャの言葉は今日の福音朗読の伏線にもなっています。

 

それに対してエリヤは

 

行って来なさい。わたしがあなたに何をしたというのか(同上)

 

と答えます。

 

このエリヤの言葉は、それだけ読むと奇妙な印象を持ちますが、雨宮慧神父はこのことについて

 

「外套を投げかけた」を編集者の付加と見れば、ここでエリヤはエリシャに「君を私の後継者とする」などと言ったわけではないが、エリヤを従うべき師と見抜いたエリシャの眼力を強調している(『主日の聖書解説<C年>』

 

と考えられるし、また、

 

決断しなければならないのはエリシャ自身であることを知らせ、自己決断を迫るために「わたしがあなたに何をしたというのか」と述べているとも解釈できる(同上)

 

とされています。

 

いずれにせよ、ここではエリヤの弟子としてのエリシャの自覚が強調されているということです。

 

そのことを明らかにするために、列王記記者はエリシャは

 

牛具を焼き払い、牛を屠って皆にふるまった後、エリヤに従った(21節)

 

のでした。

 

参考:

 

雨宮慧『主日の聖書解説<C年>』教友社

   『図解雑学 旧約聖書』ナツメ社