すべての人が食べて満足した。そして、残ったパンの屑を集めると、十二籠もあった(17節)
今日の福音朗読は「5つのパンと2匹の魚」で5千人もの人々が満腹になり、しかもパンが余ったという、いわゆる『供食の奇跡』が描かれている聖書箇所です。
この『供食の奇跡』は新約聖書の中でも大変に有名なストーリーのひとつであり、四福音書すべてが取り上げています。
ただ、当然のことながら同じストーリーを描いていても福音書によって力点が違うことは言うまでもありません。
ルカによる福音書の場合に特徴的なのは、
ヨハネなら、わたしが首をはねた。いったい何者だろう(9章9節)
とヘロデが戸惑った、というストーリーと
イエスの
それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか(
9章20節)
という問いに対して、ペトロが
神からのメシアです(同上)
と答えた、といういわゆるペトロの信仰告白の2つのストーリーに今日の箇所が挟まれているということです。
つまり、ルカにとってこの『供食の奇跡』は
イエスが誰であるかを示す出来事(『主日の聖書解説<C年>』
であったということでしょう。
16節には
すると、イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで、それらのために賛美の祈りを唱え、裂いて弟子たちに渡しては群衆に配らせた。
と書かれています。
ここで下線を施した部分について最後に検討します。
まず、
それらのために賛美の祈りを唱え、
ですが、これは誤訳とまでは言わないにしても意訳と言うべきでしょう。
なぜなら、原文を直訳すると
それらを祝福し
となるからです。
この「それら」とは「五つのパンと二匹の魚」を受けています。
この点について新約聖書学者・田川建三氏は
ユダヤ教の律法学者的建前からすれば、間違った言い方である(『新約聖書 訳と註2上 ルカ福音書』)
としておられます。
つまり、ユダヤ教からみれば食物を祝福することはあり得ず、ルカが間違っていたということになるのです。
そこで、新共同訳は上のように訳したのでしょうが、原文は原文として忠実に訳すべきだったと思われます。
実は、本ブログでも度々、引用しているRevised Standard Versionでは
And taking the five loaves and the two fish he looked up to heaven, and blessed and broke them,
となっています。
ここでblessedの目的語はthemであり、そのthemはthe five loaves and the two fishを指していますね。
実は日本語の聖書でも、聖書協会共同訳では
イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで、それを祝福して裂き
と修正されているのです。
先週の朗読箇所でも同じような問題を指摘しましたが、協会訳の註解書で訳語を変更した経緯をちゃんと明らかにしてもらいたいものです。
次に、
渡しては
ですが、これは原文では「渡す」「与える」という意味の動詞 δίδωμιの動作の継続・反復を現す未完了過去が使われています(『主日の聖書解説<C年>』)
つまり、
イエスは「与え続ける」力を持っている(同上)
ことが示されていることになります。
この『供食の奇跡』でルカが強調したかったのは、イエスがどうやって「五つのパンと二匹の魚」で5,000人余りの人々を満腹にできたか、ではなく、必要なものを与え続けるイエスその人なのです。
参考:
雨宮慧『主日の聖書解説<C年>』教友社
『主日の福音-C年』オリエンス宗教研究所
田川健三『新約聖書 訳と註2上 ルカ福音書』作品社