だが、お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。(32節)
今日の福音朗読箇所は「善きサマリア人」と並んで、イエスのたとえ話の中でも最も有名なものと言ってよいでしょう。特にキリスト教社会の中でしたら恐らく知らない人はいない、と言ってよいほど
だと思います。
そこで話のあらすじは割愛し雨宮慧神父の『主日の福音-C年』に沿って、ポイントを三つ見ていくことにいたします。
実はこのたとえ話の伝統的なタイトル『放蕩息子のたとえ』が正しくないことも明らかになってきます。
そこでまず、24節には
この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなったのに見つかったからだ
と書かれていますが、その中の「いなくなった」という言葉です。
この「いなくなった」の原語は ἀπόλλυμι(アポッリューミ)という言葉です。
その意味は
滅ぼす、失う、消え去る、命を失う、なくなる、殺す
など大変に強いものです。
この言葉は15章の他の箇所でも何回か使われていますが、17節の
ここで飢え死にしそうだ
という言葉も原文では ἀπόλλυμι(アポッリューミ)が使われているのです。
つまり、決して「いなくなった」「出ていった」という単純な意味ではないことが分かります。
雨宮神父は息子の出ていった先として
遠い国(13節)、その地方(14、15節)
と繰り返されていることにも注目しておられます。
これは父の元から遠く離れたところへ出ていった、その結果として窮状に陥ったことを強調している、ということです。
それを踏まえて雨宮神父は
アポッリューミは「本来あるべきところから離れて力を発揮できずに滅びに向かう」ことなのである(『主日の福音-C年』)
とされています。
この「放蕩息子」が尾羽打ち枯らし、ボロボロになってしまったのは、彼が父親から生前贈与を受けた財産を放蕩三昧で使い果たしてしまったことが直接の原因としても、そもそも親元を離れていったことにあった、ということです。
父の家を出た瞬間に彼は滅びへの道を歩み始めたのです。
そう考えると、このたとえ話のタイトルは「放蕩息子のたとえ」ではなく「出ていった息子のたとえ」のほうが正確だということになりますね。
次に、父親についてみましょう。。
その息子が家を離れたとき、父がどうしたか、何を言ったかについては聖書は一言も触れていません。
ごく普通に考えれば
「勝手にしろ。勘当だ。もう二度とこの家の敷居は跨がせないぞ。」
o
と、怒鳴りつけた、というところでしょンう。
しかし、実際にはボロボロになって戻ってきた息子を父親は大喜びで迎え入れたのです。
その喜びようは物語を読んでいるこちらが気恥ずかしくなってしまうほどですが、雨宮神父は
息子を気遣う父の愛、それがきょうの福音の主題である(『主日の福音-C年』)
としておられます。
話のタイトルは「出ていった息子」からさらに進んで「帰って来た息子を迎える父親の話」とすべきかもしれません。
最後に3番目として「兄」のことを見ましょう。
兄が畑仕事をしていると家のほうからどんちゃん騒ぎが聞こえます。不思議に思って使用人の一人を呼びつけて問うと、弟がかえって来たお祝いをしているとのこと、怒った彼はなだめようとする父に向って「あいつは勝手に家を飛び出したのになにごとか!」と怒りをぶつけます。
なぜ宴会を始める前に父親は畑にいる彼に声をかけなかったのか、という疑問も湧いてきますが、この兄の怒りは非常に良く理解できますね。
それに対し、父親は
家を出て行ってそれきり死んだとさえ思っていたお前の弟が無事に帰って来たのだから、喜ぶのは当然ではないか(32節)
と、答えます。
この父親の言葉に兄がどう反応したかについて聖書は書いていません。あとは自分たちで想像してみろ、ということでしょうか。
私自身はこの兄の怒りは大変にもっともだと思います。もしかすると、今度は兄が家を出ていったかもしれません。
最後に、雨宮神父の結論です。
きょうのたとえには二重の呼びかけがある。「あるべき所から離れた(アポッリューミ)者には帰宅がよびかけられ、父のもとにいる者にはその有り難さの自覚が呼びかけられる(『主日の福音-C年』
参考:
雨宮慧『主日の聖書解説<C年>』教友社
『主日の福音-C年』オリエンス宗教研究所
荒井献他監訳『ギリシャ語 新約聖書釈義辞典I』教文館