その月の十四日の夕刻、エリコの平野で過越祭を祝った(10節)
モーセの遺志を継いでリーダーとなったヨシュアに率いられたイスラエルの民は
第一の月の十日に...エリコの町の東の境にあるギルガルに宿営し(4章29節)、その月の十四日の夕刻、エリコの平野で過越祭を祝った(10節)
のでした。
「エリコの町」は聖書にしばしば登場しますが、豊かな湧き水のあるオアシスの町で考古学上、世界最古の町の一つと言われています。
ジョシュアとイスラエルの民は「第一の月の十四日」にそのエリコ近郊で過越祭を祝いました。
「第一の月の十四日」つまり「正月の十四日」は神がイスラエルの民をエジプトから脱出させた日であり、その故に
この日を代々にわたって守るべき不変の定めとして守らねばならない(出エジプト記12章17節)
ヨシュアとイスラエルの民はその掟に従ったわけです。
ただ、ここで面白いのは出エジプト記12章には「傷のない一歳の雄の子羊を焼いて食べる」(5節、8節)と定められているのに、今日の箇所ではそのことに特に触れていない点です。
その代わり、
過越祭の翌日、その日のうちに彼らは土地の産物を、酵母を入れないパンや炒り麦にして食べた(11節)
と書かれています。
過越祭を祝ったのですから、子羊を食べなかったとは考えにくいのですが、それは自明の理として、それ以上に「土地の産物を食べた」といいうことが強調されているということでしょう。
そのことは12節で
彼らが土地の産物を食べ始めたその日以来、マナは絶え、イスラエルの人々に、もはやマナはなくなった。彼らは、その年にカナンの土地で取れた収穫物を食べた。
と、繰り返していることからも分かります。
実は、この節の
マナは絶え、イスラエルの人々に、もはやマナはなくなった。
という文にも大きな意味があります。
マナはシナイの荒野をさ迷っているイスラエルの人々が、いよいよ食料にも事欠くようになって不平不満をモーセとアロンにぶつけた際、神が与えた「非常食」でした(出エジプト記16章)
そのマナが無くなった、というのです。
というより、イスラエルの民はもうマナを必要としなくなったということでしょう。
古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた(『主日の聖書解説<C年>』)のでした。
参考:
雨宮慧『主日の聖書解説<C年>』教友社
『図解雑学 旧約聖書』ナツメ社