さて、イエスは聖霊に満ちて、ヨルダン川からお帰りになった(1節)
今日の福音朗読箇所は余りにも有名なので今さら解説が必要ないかもしれません。
ですので、いくつかのポイントを整理するに留めておきましょう。
まず、ルカによる福音書4章には
誘惑を受ける
という見出しがつけられています。
ただ、ここで注意したいのはこの元の言葉πειράζω(ペライゾー)には
to tempt, to try, to test
という意味があるということです。(Strong's)
つまり、「誘惑する」だけではなく「試す」「テストする」という意味もあるということです。
イエスが悪魔から「誘惑を受けた」というより「試された」「テストされた」と考えれば
「誘惑」となってしまえば、その苦しみは神から引き離す力として作用したことになりますが、「試練」とすることができれば、むしろ神への信仰を告白する機会に変えたことになります(『主日の福音解説<C年>』
というわけです。
今日の旧約聖書朗読では申命記におけるモーセの勧告が書かれていました。
それはエジプトから脱出したものの長く荒野を彷徨い食料はもちろん水にも事欠くような極限状況に置かれた「出エジプト」の出来事は神からの試練であり、それを前向きに受け止め克服することによって祝福が与えられたことに感謝するようにとのことでした。
イエスが悪魔から受けた「誘惑」もしくは「試練」の対象を前島誠氏に沿ってまとめると次のようになります。なお、前島氏はマタイを引用しておられますので、順序は異なります。
第一の「誘惑」(3~4節): 食欲。
第二の「誘惑」(5~8節): 人間の権力指向と栄華の夢。
第三の「誘惑」(9~12節): 人間の虚栄心とプライド。(『ナザレ派のイエス』)
ここで、前島氏は興味深い指摘をしておられます。
それはイエスが受けた3つの「誘惑」もしくは「試練」は「エデンの園」においてエバが蛇から受けたものとぴったり一致するというのです。
創世記3章6節には
女が見ると、その木はいかにもおいしそうで、目を引き付け、賢くなるように唆していた。(3章6節)
とあります。
さて、今日の単元の最後には
悪魔はあらゆる誘惑を終えて、時が来るまでイエスを離れた(13節)
と書かれています。
このイエスに対する「誘惑」を行う悪魔、ヨブ記に登場するサタン、そしてエバを誘惑した「蛇」、これらがどのような存在であったのか、は大変に興味深いテーマだと思われます。
本ブログでもいずれ深く検証してみたいと考えています。
参考:
雨宮慧『主日の聖書解説<C年>』教友社
『主日の福音』オリエンス宗教研究所
前島誠『ナザレ派のイエス』春秋社
Strong's Concordance with Hebrew and Greek Lexicons