主を喜び祝うことこそ、あなたたちの力の源である(10節)
今日の旧約聖書朗読はネヘミヤ記からです。
このネヘミヤ記は普段、余り読むことのない文書の一つだろうと思われます。
元々、ネヘミヤ記はその前のエズラ記と併せて一つの文書であった、と考えられています(『主日の聖書解説<C年>』)
エズラ記1章にはペルシャ王キュロスが布告を発したことが書かれています。
そして、ネヘミヤ記の最後は「ネヘミヤの改革」で締めくくられています。
ですので、その2つの文書でBCE538年からBCE432年までの100年強の出来事が書かれてるということになります。
ネヘミヤはすぐ前のエズラ記のエズラと並んでイスラエルの歴史の中では大変に重要な位置を占めています。
エズラについては
主の律法を研究して実行し、イスラエルに掟と法を教えることに専念した(エズラ記7章10節)
と書かれています。
また、ネヘミヤについては、彼がキュロス王に
わたしをユダに、先祖の墓のある町にお遣わしください。町を再建したいのでございます。(ネヘミヤ記2章5節)
と願った、と書かれています。
つまり、エズラは律法の集成を、またネヘミヤはエルサレムの再建を行うことによって、バビロン捕囚から帰還したイスラエルの民の新しい共同体構築に貢献した人物でした(『主日の聖書解説<C年>』)
ということになります。
ネヘミヤ記では彼らを
総督ネヘミヤと、祭司であり書記官であるエズラ(9節)
と、官位をつけて呼んでいます。
今日の聖書朗読には、エズラが律法を朗読しするとイスラエルの民は
「アーメン、アーメン」と唱和し、ひざまずき、顔を地に伏せて主を礼拝し(6節)
それに続いて、レビ人が
神の律法の書を翻訳し、意味を明らかにしながら読み上げたので、人々はその朗読を理化した
と書かれています。
民は皆、律法の言葉を聞いて泣いていた(9節)
のでした。
それは、改めて律法の言葉を聞いた時、自分たちが如何に神の掟から離れた生活をして来たかということを思い知り、後悔の念に苛まれた、ということでしょう。
そのような民の姿を見て、ネヘミヤとエズラは
悲しんではならない。主を喜び祝うことこそ、あなたたちの力の源である(10節)
と、励ますのでした。
彼らの言葉に励まされ、気を取り直したイスラエルの民は
食べたり飲んだし、備えのない者と分かち合い、大いに喜び祝った(12節)
のです。
彼らは
神が与えた「力の源」に再会した(『主日の聖書解説<C年>』)
のです。
参考:
雨宮慧『主日の聖書解説<C年>』教友社
『図説雑学 旧約聖書』ナツメ社