起きよ、光を放て。(1節)
以前から何度かご紹介していますように、イザヤ書は
1~39章 第一イザヤ
40~55章 第二イザヤ
56~66章 第三イザヤ
の3つに大別されます。
第二イザヤでは
キュロスによる解放(44章)
バビロンの陥落(47章)
シオンの回復(49章)
シオンへの帰還(51章)
というように、「バビロン捕囚」からの解放とイスラエルへの帰還が繰り返し語られました。
イスラエルの民はキュロス2世の命令によって祖国への帰還が許され、エルサレム神殿の再建も行われました。
その経緯については、これも普段ほとんど読む機会のない聖書箇所ですが、旧約聖書のエズラ記に詳しく書かれています。
イスラエルの民は祖国への帰還と神殿再建を果たすことが出来ましたが「預言者が約束したような栄光は現れず」(『主日の聖書解説<C年>』)、苦しい生活が続きました。
そのため、神への信仰が薄れつつあったのが、この第三イザヤの時代背景です。 この辺りはちょうど、エジプトから脱出した民がシナイの裁くで食料どころか飲み水にも不自由するようになり
我々はエジプトの国で、主の手にかかって、死んだ方がましだった。あのときは肉のたくさん入った鍋の前に座り、パンを腹いっぱい食べられたのに。あなたたちは我々をこの荒れ野に連れ出し、この全会衆を飢え死にさせようとしている。(出エジプト記16章3節)
と騒ぎ出した、という経緯に良く似ています。
さて、今日の箇所は1~3節と4~6節に二分することが出来ます。
前半(1~3節)では
主の栄光はあなたの上に輝く(1節)
あなたの上には主が輝き出で(2節)
射で出でるその輝き(3節)
というふうに「輝く」(動詞形2回、名詞形1回)という言葉がキーワードになっています。
1節、2節の動詞形についての文法的な説明は割愛しますが、この出来事は将来、必ず起こるという確信gが語られています。
そして、後半(4~6節)には
あなたのもとに来る(4節)
進んで来る(4節)
あなたのもとに集まる(5節)
黄金と乳香を携えて来る(6節)
と書かれています。
日本語聖書では訳し分けられていますが、原語は「来る」を意味するボーです。
見よ、闇は地を覆い、
暗黒が国々を包んでいる(2節)
と語られているように、この地上は闇に包まれ、イスラエルの民は苦しい生活を強いられています。
しかし、そのような中にあってもイザヤは
闇の時代が終わり、光の時代が来る(『主日の聖書解説<C年>』)
とイスラエルの民を励ますのです。
参考:
雨宮慧『主日の聖書解説<C年>』教友社
『図説雑学 旧約聖書』ナツメ社