彼の出生は古く、永遠の昔にさかのぼる。(1節)
今日の旧約聖書朗読はミカ書からです。
これも旧約聖書の中で普段は余り馴染みのない、ごく短い書です。
ただ、マタイによる福音書2章6節で今日の朗読箇所が引用されているためこの時期、待降節には良く読まれています。
1章1節に
ユダの王ヨタム、アハズ、ヒゼキヤの時代に、モレシェトの人ミカに臨んだ主の言葉。それは、彼がサマリアとエルサレムについて幻に見たものである。
と書かれています。
このことから、ミカという名の預言者がモレシェトという町の出身でユダ王国(南王国)の「ヨタム、アハズ、ヒゼキヤの時代」(BCE8世紀後半)に活動した、ということが分かります。
このモレシェトという町は雨宮慧神父によると
アッシリアやエジプトが覇権を求めて行き交う幹線道路を見下ろす位置にありました(『主日の聖書解説<C年>』
ということです。
絶えず超大国に脅かされ続けるユダ王国の民に対してミカは
大いなる者となり、その力が地の果てに及ぶ(3節)
ような者が現れる、と神の言葉を取り次ぎます。
その「大いなる者」は王侯貴族や大祭司などの支配階級が住むエルサレムで生まれるのではありません。
彼は「ユダの士族の中でいと小さい者」(1節)であるエフラタのベツレヘムで生まれるのです。
雨宮神父によれば、エフラタは
小さな民族で千人隊を組むことも出来ませんでした(『主日の聖書解説<C年>』)
と解説しておられます。
雨宮神父はここで民族という言葉を使っておられますが、聖書では「氏族」となっています。
いずれにしても千人規模の軍隊を組めないほどの小さな民族であった、ということでしょう。
ベツレヘムは、現代では「イエス・キリストの生誕の地」としてイスラエル共和国の中でも主要な観光都市ですが、当時は恐らく小さな町だったのでしょう。
またベツレヘムはダビデの出生地とされています。
主はサムエルに言われた(中略)あなたをベツレヘムのエッサイのもとに遣わそう。わたしはその息子たちの中に、王となるべき者を見出した(サムエル記上16章1節)
預言者ミカを通して
小さな氏族が治める小さな町からダビデ王の後継者となる者が生まれる
と神は告げたのです。
しかも、そのことは決して急に神が思いついたことではありませんでした。
彼の出生は古く、永遠の昔にさかのぼる(1節)
のです。
エフラタは暫くの間、「産婦が子を産むときまで」(2節)、神に見捨てられたままに放置されます。
つまり、彼らは暫くの間、色々な艱難辛苦を味わうが、
主の力、神である主の御名の威厳をもって(3節)
彼らを護り養う者がやがて現れるというのです。
その者が地上に平和をもたらします。
というより、
彼こそ、まさしく平和(4節)
なのです。
今日の旧約聖書朗読は短い箇所です。
しかし何故この箇所がイエス・キリストの誕生を待ち望む待降節に読まれるか、明らかだと思います。
参考:
雨宮慧『主日の聖書解説<C年>』教友社
『図解雑学 旧約聖書』ナツメ社