この二つにまさる掟はほかにない(31節)
今日の福音朗読を含め、福音書にはファリサイ派や律法学者とイエスとの問答は度々出て来ます。
それらは問答というより彼らがイエスに対して一方的に仕掛けて来る論争、もっと言ってしまえば難癖です。
その背景としては
病気を治したとか悪霊を追い払ったとかで人気のあるイエスだが、所詮は小さな村出身の若造、この際みんなの前で恥をかかせてやろう。
という動機があったに違いありませんl。
今日の朗読箇所も ある律法学者の問いにイエスが答える、という形式になっていますが、いつもの「論争」とは少し趣が違うようです。
独りの律法学者がイエスに
あらゆる掟のうちで、どれが第一か(28節)
と尋ねます。
それに対するイエスの答えは
第一の掟: 心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。
第二の掟: 隣人を自分のように愛せよ
というものでした。(29~31節)
この第一の掟は、読み比べてみると少し違っていますが、今日の旧約聖書朗読箇所(申命記6章4~6節)であることが分かります。
また第二の掟も大変に有名な聖句ですが、これは旧約聖書のレビ記19章18節から取られています。
上記のように書いてしまうと、それぞれ違うものを併記している、つまりイエスは律法学者の問いに正面から答えていないように受け取られてしまいかねませんが、この2つはそもそも不可分のものです。
ヨハネによる福音書には
神はその、その独り子をお与えになったほどに世を愛された(3章16節)
という、新約聖書を一つの聖句で表すとすればこの箇所と言われる
ものがあります。
神が人を愛されたことに想いを巡らせることによって人は神を愛することが出来るようになり、同時に隣人をも愛することが出来るようになるのです。
このイエスの答えを聞いた律法学者は「先生のおっしゃるとおり」とした上で「主は唯一の主である」という申命記6章4節の言葉に更に「ほかに神はない」(申命記4章33節)を加え、
心を尽くし、知恵を尽くし、力を尽くして神を愛し、また隣人を自分のように愛することは、どんな焼き尽くす献げ物やいけにえよりも優れています(33節)
と要約して見せました。
それに対してイエスは
あなたは神の国から遠くない(34節)
と、称賛したのでした。
本コラムの最初に書きましたように、福音書にしばしば描かれるファリサイ派や律法学者とイエスのやり取りでは彼レがイエスをやり込め、弟子や群衆の前で恥をかかせようとするものでした。
しかし、今日の二人のやり取りからはお互いの尊敬の心をうかがい知ることが出来ます。
しかも、それが旧約聖書を正確に引用したやり取りとして描かれているところに私たちも改めて注目する必要がありそうです。
参考:
雨宮慧『主日の聖書解説<B年>』教友社
『主日の福音-B年』オリエンス宗教研究所