わたしが命じるとおりにあなたたちの神、主の戒めを守りなさい。(2節)
以前にも本ブログで触れましたが、今日の聖書箇所である申命記は
イスラエルがカナンの地に入る直前にモーセが語った<告別説教>の形(『岩波 キリスト教辞典』)
を取っています。
その成立年代はBCE7世紀後半というのが定説(雨宮慧神父)となっていますが、サムエル記や列王記、エレミヤ書などとの共通性も著しく、いわゆるヨシア王の宗教改革と密接な関係があると考えられています(『岩波 キリスト教辞典』)。
さて、今日の聖書箇所の冒頭は、直訳すると
それで、今、イスラエルよ、聞け(『ヘブライ語聖書対訳シリーズ9』)
となります。
ここで、注目したいのは「今」と「聞け」の2つです。
先ず、「今」についてです。
上述のように定説では申命記の成立年代はBCE7世紀後半ですが、今日の4章について雨宮慧神父は
申命記の編集過程の中でも最終段階、おそらく紀元前6世紀の捕囚の時代に加えられた部分と見なされています(『主日の聖書解説<B年>』)
としておられます。
つまり、形式的には「約束の地」を目前にしたモーセの説教ですが、実際には捕囚下にあるイスラエルの民に語り掛けている、ということになります。
次に、「聞く」という言葉です。
実は、新共同訳では1節は
イスラエルよ、今、わたしが教える掟と法を忠実に行いなさい。
となっています。
原文にある「聞け」が省かれた理由は分かりません。
雨宮神父は
確かにヘブライ語の「聞く」は、「聞いて従う・聞いて行う」を意味するので、新共同訳はそれを強調したかったのかもしれません(『主日の聖書解説<B年>』)
と理解を示しつつも
「聞く」がなくなってしまうのは、問題です。(同上)
としておられます。
聖書を遡ってみますと、ノアはいきなり箱舟を作ったのではありませんでした。
先ず、
あなたはゴフェルの木の箱舟を造りなさい(創世記6章14節)
という神の言葉をノアは聞いたのでした。
「聞く」ことは主なる神にのみ仕えるという信仰にとって基本的な態度(『主日の聖書解説<B年>』)
であり、
神に聞くことが最も大事なこと(同上)
なのです。
なお、2019年末に発行された「聖書協会共同訳」では
イスラエルよ、今、私が守るように教える掟と法に耳を傾けなさい。
と改められました。
これでも、まだ
今、イスラエルよ、聞け
に比べると響きが弱いように思いますが、それは翻訳の限界ということになるのでしょうか。
参考:
雨宮慧『主日の聖書解説<B年>』教友社
『図解雑学 旧約聖書』ナツメ社
大貫隆他『岩波 キリスト教辞典』い岩波書店
ミルトス・ヘブライ文化研究所編『ヘブライ語聖書対訳シリーズ9 申命記I
1~16章』ミルトス
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