このために、弟子たちの多くが離れ去り、もはやイエスと共に歩まなくなった。(66節)
冒頭に引用したように、今日の聖書箇所では多くの弟子たちがイエスの元を去って行ったことが述べられています。
彼らは
「これを聞いて行った。 『実にひどい話だ。だれが、こんな話を聞いていられようか』」(60節)
と言ったのでした。
ここでの「これ」は54節以下の
「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は...」
を指す、と考えるのが普通でしょう。
確かに、これは一般の常識からすればむしろおぞましいと言っても言い過ぎではないような話です。
ただ、その一方で61節後半から62節には
あなた方はこのことにつまずくのか。それでは、人の子がもといた所に上るのを見るならば...
というイエスの言葉が書かれています。
それとの繋がりでは33節以降で繰り返されていた
「天から降って来た」
を、「これ」が指している、と考えることも出来るでしょう。
イエスは、つまずいた弟子たちに
わたしがあなた方に話した言葉は霊であり、命である。(63節)
と応えます。
しかし、イエスの言葉を信じることの出来なかった多くの弟子たちは去って行きました。
「パン五つと魚二匹」で五千人を満腹にする奇跡を目の当たりにしてイエスに近づいて来た多くの人々がイエスの言葉を信じることが出来ず、去って行ったのでした。
残った12人の弟子たちに対してイエスは
あなたがたも離れて行きたいか(67節)
と問います。
それに対してシモン・ペトロが、恐らく彼らを代表して、
あなたこそ神の聖者であると、わたしたちは信じ、また知っています。 (69節)
と応じます。
しかし、この12人は最後までその信仰を貫き通すことが出来たでしょうか。
参考:
雨宮慧『主日の聖書解説<B年>』教友社
『主日の福音-B年』オリエンス宗教研究所