そして、天にある神の神殿が開かれて、その神殿の中にある契約の箱が見え、稲妻、さまざまな音、雷、地震が起こり、大粒の雹が降った (11章19節)
「聖櫃」もしくは「契約の箱」と言われても、一般の人たちはもちろんクリスチャンですらピンと来ないかもしれません。
ですが、この「契約の箱」(以下、「箱」)はユダヤ教においては極めて重要な「アイテム」の一つといえるでしょう。
神がシナイ山においてモーセに掟を授けた時、それは二枚の石板に刻まれました。
主はシナイ山でモーセと語り終えられたとき、二枚の掟の板、すなわち、神の指で記された石の板をモーセにお授けになった(出エジプト記31章18節)
そして、この掟を入れる「箱」の「スペック」についてはかなり詳しく出エジプト記37章1~6節に書かれています。
「箱」は天幕(テント)の一番奥にある至聖所に安置されますが(出エジプト記40章20~21節)、モーセに率いられたイスラエルの民がシナイの荒野を旅する時には先頭に進みました。
主の契約の箱はこの三日の道のりを彼らの先頭に立って進み...(民数記10章33節)
時代が下って預言者サムエルの時代に「箱」はペリシテ人に奪われシロからアシュドドの町に移されますが、最終的にはイスラエルに奪還されてキルアト・エアリムという場所に安置されます。
この経緯はかなり詳しくサムエル記上4章~7章の冒頭に書かれています。
長くなりますので、その細かい内容については省略しますが、イスラエルの歴史において「箱」が重要な役割を果たしていたことがうかがえます。
その後、ペリシテ人を破ったダビデ王は「箱」をエルサレムに運び入れ天幕の中に安置します(サムエル記下6章)。 この時、エルサレムに神殿はまだありませんでした。
本格的な神殿を建設したのは父ダビデ王の遺志を受け継いだソロモン王でした。
そして「箱」は神殿に安置されることとなりました。
祭司たちは主の契約の箱を定められた場所、至聖所と言われる神殿の内陣に運び入れ、ケルビムの翼の下に安置した(列王記上8章6節)
ソロモン王の死後、王国は北のイスラエル王国と南のユダ王国に分裂します。
「箱」との関連で興味深いのはユダ王国で宗教改革を遂行したとされるヨシヤ王がエルサレム神殿の祭事を司るレビ人に
イスラエルの王ダビデの子ソロモンが建てた神殿に、聖なる箱を納めよ(歴代誌下35章3節)
と命じたことです。
つまり、ヨシヤ王の時代(BC640~609)には箱は神殿に安置されていなかったことになります。
さらに時代が下り、BC587年、ネブガドネザル王が率いる新バビロニア帝国の軍勢によってユダ王国が滅ぼされ、エルサレムと神殿は徹底的に破壊されてしまいます。
彼は神殿の大小の祭具のすべて、主の神殿の宝物も、王とその高官たちの宝物も残らずバビロンに持ち去った。神殿の神殿には火が放たれ、エルサレムの城壁は崩され、宮殿はすべて灰燼に帰し、貴重な品々はことごとく破壊された。剣を逃れて生き残った者は捕らえられ、バビロンに連れ去られた。(歴代誌下36章18~20節)
こうして「箱」は地上から姿を消してしまいます。
その行方については歴史上の大きな謎の一つとされていて、様々な伝説が生まれました。
有力なのはエルサレム陥落直前に神殿から運び出されてエチオピア北部のアクサムまで運ばれたというものですが、同じく陥落直前に神殿の地下に埋められたという説もあります。
中には、はるばる日本まで運ばれて来て四国の剣山や伊勢神宮に納められているという説まであります。
これは恐らく明治時代から昭和の半ばにかけて流行した有名な「日猶同祖論」から派生したものでしょう。
シリーズ化し大ヒットとなったアドベンチャー映画”The Indiana Jones”(邦題『インディー・ジョーンズ』)の第一作(1981年リリース)のタイトルは”Raiders of the Lost Ark”(邦題『失われたアーク《聖櫃》』)でした。
このエピソードはナチスによる「箱」の発掘を阻止するようにとの特命を受けた考古学者のインディー・ジョーンズが現地に飛び大冒険をするというものでした。
これも荒唐無稽なフィクションのようですが、以前からヒットラーおよびナチスとオカルトの関係についての様々な研究がなされていることを考えると全く一笑に付すことが出来ないかもしれません。
いずれにせよ、「箱」がどうなったかは聖書には書かれていません。
しかし、上記のようにネブガドネザルが「主の神殿の宝物」を悉くバビロンに持ち去った、とありますので、箱もバビロンに持ち去られた他の宝物とごちゃまぜにされてそれっきりとなった、と考えるのが自然でしょう。
閑話休題(それはさておき)
このようにして、歴史上からは姿を消した「箱」ですが、雨宮慧神父によると、
それ(「箱」。 筆者註)は消失したのではなく、終わりの日にメシアが到来するときまで隠されたのだと言い伝えられた(『主日の聖書解説<B年>』)
と、言っておられます。
歴史上から姿を消した「箱」ですが、実は新約聖書の一番最後になって、その幻が現れます。
ヨハネの黙示録には
そして、天にある神の神殿が開かれて、その神殿の中にある契約の箱が見え、稲妻、さまざまな音、雷、地震が起こり、大粒の雹が降った。(11章19節)
ここにある「稲妻」以下は神の臨在を示す表現ですので、神の臨在の内にこれまで隠されていた「箱」が姿を現したのです。
雨宮神父が言われるように
いよいよ終わりの日が近づき、神の統治が開始される(『主日の聖書解説<B年>』)
ということを黙示録の作者ヨハネは伝えているのです。
参考:
雨宮慧『主日の聖書解説<B年>』教友社
『図解雑学 旧約聖書』ナツメ社
大貫隆他『岩波キリスト教辞典』岩波書店

