これこそ、主があなたたちに食物として与えられたパンである。(15節)
今日の聖書箇所では、モーセをリーダーとしてエジプトを脱出したものの、荒野を彷徨う内に食べ物がなくなり、イスラエルの人々が口々に
「このままでは皆、飢え死にしてします。エジプトでは奴隷状態だったとはいえ、肉やパンを腹いっぱい食うことが出来た。仮にファラオに殺されるようなことがあったとしてもエジプトに留まった方が良かった。」
と、不平を言います。
実は、イスラエルの民は度々、このような不満をぶちまけていたというのが、出エジプト記15章22節~17章7節と民数記14章1~4節で繰り返し書き記されています。
雨宮慧神父によれば、これらの箇所で「不平を言う」「不平を述べ立てる」などと訳されている原語(ヘブライ語)の「ルーン」には、単にぶつくさ言うのではなく、
「指導者に対するあからさまな不平や批判」
さらに文脈によっては
「指導者の力量を疑って不適任と決めつける」
という強いニュアンスさえ含まれているとのことです。
つまり、イスラエルの人々はモーセ、更に彼を通して神に向かって「指導者として不適任」とさえ罵詈雑言を浴びせた、ということになるわけです。
この度重なる無礼な言動に対し神は「せっかくお前たちをエジプトから救い出してやったのに何と恩知らずな奴らだ!」と怒るのではなく、今日の箇所では鶉と「薄くて壊れやすいもの」を与えた(15節)のでした。
イスラエルの人々はこの「薄くて壊れやすいもの」がなんであるか知りませんでしたが、彼らに対するモーセの言葉は、本欄冒頭に掲げた
「これこそ、主があなたたちに食物として与えられたパンである。」(15節)
というものでした。
このモーセの言葉から私たちは
「わたしは、天から降って来た生きたパンである」
というイエスの言葉(ヨハネによる福音書6章51節)に導かれます。
参考:
雨宮慧『主日の聖書解説<B年>』教友社