彼らを恐れてはならない。またその言葉を恐れてはならない。(6節)

 

エゼキエルはいわゆる第一回バビロン捕囚によってヨヤキン王などと共にバビロンにいた時に預言者としての召命を受けました。

 

カルデアの地ケバル川の河畔で、主の言葉が祭司ブジの子エゼキエルに臨み、また、主の御手が彼の上に臨んだ(エゼキエル1章3節)

 

彼は、神が霊を入れ、自分の足で立たせたことによって神の言葉に耳を傾けるようになりました。(2章2節)

 

こうして彼は神の言葉を預かり人々に伝える者とされたのですが、その預言者としての歩みは前途多難なものでした。

 

神がエゼキエルを遣わした先は「イスラエルの人々、わたしに逆らった反逆をの民」(3節)であり「恥知らずで、強情な人々」(4節)でした。

 

神は重ねてエゼキエルに「あざみと茨に押しつけられ、蠍の上に座らされても、彼らを恐れてはいけない...彼らの言葉を恐れ、たじろいではならない。」(6節)と言います。

 

今朝の聖書箇所の先、3章を読み続けていくと、そこでも神が繰り返し、イスラエルの人々は「聞こうとはしない...心も硬い」(7節)が、「彼らを恐れ、たじろいではならない」(9節)と語りかけています。

 

神の手がエゼキエルを強く捕らえた(14節)のです。

 

参考:

 

雨宮慧『主日の聖書解説<B年>』教友社

     『図解雑学 旧約聖書』ナツメ社