少女はすぐに起き上がって、歩きだした。(42節)

 

繰り返しになりますが、イエスによる病気治癒の奇跡物語には次のような定型があります。

 

1. 病状(もしくは状況)の説明

2. 癒しの行為

3. 治癒の証明

 

今日の聖書箇所では21~24節の次に25節から34節まで別の病気治癒の奇跡物語が書かれています。

 

そのため、ちょっと分かりにくくなっているのは事実ですが、上の定型に従って確認すると、

 

1.  病状(もしくは状況)の説明(23~24、35~40節)

 (1) 会堂長ヤイロの娘が死にそうになっている。

 (2) 別の病気治癒(25~34節)の間にヤイロの娘は死ぬ。

 (3) イエスと弟子がヤイロの家に行くと人々が泣き叫んでいる。

 

2.  癒しの行為(41節)

  イエスは少女の手を取り「起きなさい」と言う。

 

3.  治癒の証明(42節)

  少女はすぐに起き上がり、それを目撃した人々が茫然自失となる。

 

以上のようにまとめることが出来るでしょう。

 

イエスは、娘が死んだと伝えられたヤイロに対して

 

「恐れることはない。信じなさい。」(36節)

 

と、また、ヤイロの家で泣き叫んでいる人々には

 

「なぜ、泣き騒ぐのか。 子どもは死んだのではない。眠っているのだ。」(39節)

 

と言います。

 

これら、イエスのヤイロや人々に対する言葉は

 

「わたしを信じるのではなく、わたしを通して働いている神の力を信じなさい。」

 

ということを意味していたのでした。

 

今日の箇所の締めくくりとして

 

「イエスはこのことをだれにも知らせないように、と厳しく命じ」(43節)

 

と書かれています。

 

イエスがこの世に来た目的、イエスの働きの目的は病気治癒や悪霊退治そのものだったわけではありません。

 

病気が治されたり悪霊が対峙されたりするさまを目の当たりにした一般の人々が、今風に言えば

 

「このイエスという男は若い割には霊能力が高い」

 

と思ったとしても無理はないことにしても、それだけが一人歩きをして世間に知れ渡るのはイエスにとって不本意なことでした。

 

イエスの様々な奇跡の行いの奥にありイエスを通して表れる神の力そして神の愛にこそ目が向けられるべきである、ということになるでしょう。

 

参考:

 

雨宮慧『主日の聖書解説<B年>』教友社

     『主日の福音-B年』オリエンス宗教研究所

     『なぜ聖書は奇跡物語を語るのか』教友社