たとえを用いずに語ることはなかったが、御自分の弟子たちにはひそかにすべてを説明された。(34節)

 

今日の聖書箇所には

 

1. イエスが2つの短いたとえを語った(26~32節)

2. イエスは群衆には多くのたとえを用いて語った(33節)

3. イエスは弟子たちにはすべてを説明した(34節)

 

という3つのことが書かれています。

 

まず、第一の「『成長する種』のたとえ」が語られます。

 

「農夫が種を蒔き、後は普通に寝起きをしている間に種から芽が出、それが成長して行く。しかし、その農夫は何故そうなるのか知らない」(26~27節)

 

と書かれています。

 

もちろん、農民が種を蒔いてあとはほったらかしにしておく、などということがあるはずはないのですが、ここはイエスのたとえ話に良く出て来る、いささか極端な譬えとみることも出来ます。

 

農民は決して蒔いた種をほったらかしにしておくのではなく水や肥料をやったり、周りの雑草を取ったり、と朝から晩まで一日中、忙しく働きます。

 

しかし、そもそも種に成長する力を与えるているのは何か、あるいは誰か、という問いが投げかけられています。

 

言い換えれば、種は蒔いた農民の努力だけによって成長して行くのか、あるいは全く「自然」に成長するのか、という問いです。

 

第二には「『からし種』のたとえ」が語られます。

 

ここでのからしはある説では地中海沿岸を原産地とするクロガラシを指しているとのことです。

 

クロガラシの種は0.5ミリ程度と大変に小さいのですが、そこから伸びた茎の高さは2メートル位以上にもなるそうです。

 

このからし種の話は「どんな種よりも小さい」種が「どんな野菜よりも大きくな」(31~32節)ることを譬えているということで分かり易い譬えといえましょう。

 

33~34節にあるようにイエスは一般の群衆に語るときにはたとえを多く用いました。

 

「からし種」と言われてもすぐにはピンと来ないように、イエスのたとえ話の中には私たちにとって理解が難しいものもあります。

 

9000キロメートル離れた場所で2000年も前に語られたたとえ話ですから聖書を読んでもすぐには理解できなくても当然と言えるかもしれません。

 

それを少しでも礼拝出席者にとって分かり易いように、そのたとえ話の背景やイエスが伝えたメッセージを解き明かすことは説教者にとって大事な使命です。

 

閑話休題(それはともかく)。

 

蒔いた種が成長し茎が伸びて穂に立派な実を結ぶ、あるいは「葉の陰に空の鳥が巣を作れるほど大きな枝を張る」(32節)ようになる、そのことを信じて農民は日々、働きます。

 

その源には

 

「主であるわたしがこれを語り、実行する」

 

と、預言者エゼキエルを通して語った神の力が働くのです。

 

参考:

 

雨宮慧『主日の聖書解説<B年>』教友社