一同は賛美の歌をうたってから、オリーブ山に出かけた。(26節)

 

今朝の聖書箇所の前半には弟子たちによる「過越の食事の準備」のことが書かれています。

 

「過越の食事」とは今さらですが、出エジプト記12章に詳しくかかれているようにイスラエルの民に起こったエジプトでの出来事に由来しています。

 

ただ、雨宮慧神父は、

 

この食事が「過越の食事であったかどうか」は重要な問題ではない

 

としています。 

 

大事なのはこの食事が「弟子たちの生き方を決定する力を持っていた」ことなのです。

 

そのことが今朝の聖書箇所の後半(22~26節)に書かれています。

 

イエスがパンを弟子たちに与えて

 

「これはわたしの体である」(22節)

 

と言ったとき、弟子たちは

 

「イエス自身をからだに入れ」

「イエスとの新しい交わりを獲得する」(雨宮神父)

 

のです。

 

また、イエスが

 

「わたしの血、契約の血」(24節)

 

と呼んだぶどう酒を飲むとき、弟子たちは

 

「イエスによる新たな契約」(雨宮慧神父)

 

に入ることになります。

 

このようにして、この食事すなわち「最後の晩餐」はエジプト脱出を記念する「過越の食事」を超えた特別の食事なのです。

 

参考:

 

雨宮慧『主日の聖書解説<B年>』教友社

     『主日の福音-B年』オリエンス宗教研究所