主イエスは、弟子たちに話した後、天にあげられ、神の右の座に着かれた。(19節)
マルコによる福音書は元々、16章8節で終わっており、9節以降は後に付け加えられたもの、というのが新約聖書学で定説になっています。
実際、今日の箇所を含め9節以降は新共同訳でも「結び一、結び二」としてかっこ([ ])でくくられています。
また、16章8節までの「本体」は西暦65~70年に書かれたというのも定説となっていますが、それ以降、紀元2世紀の初めころに9節以降が付け加えられたとすると、今朝の聖書箇所は
「二世紀初頭の教会が取っていた宣教姿勢をしるために、絶好のてがかりを与えてくれる。」(雨宮慧慧神父)
といえるでしょう。
今日の箇所は
15~18節: イエスの弟子たちへの指示
20節: 弟子たちの行動
となっており、その間に「イエスの昇天」(19節)が記されています。
イエスは天に昇りました。
イエスの昇天というと雨宮慧神父が指摘しておられるように私たちは普通、復活→弟子たちへの顕現→昇天という順序を想定します。
しかし、雨宮慧神父によると
キリストは復活と同時に天の栄光に入り、この世の存在様式を超える方となった
のです。
イエス・キリストは天に在って終わりの日の再臨が来るのを待っています。
クリスチャンとは「キリストの再臨を待ち望む者」(雨宮慧神父)であり、今日「主の昇天主日」には
キリストの神のもとへの決定的な帰還を祝います。(雨宮慧神父)
参考:
雨宮慧『主日の聖書解説<B年>』教友社
『主日の福音-B年』オリエンス宗教研究所