良く知られていますように、新約聖書が書かれている元の言葉であるギリシャ語には次のような愛を表す言葉があります。
エロス
フィリア
アガペー
エロス
この言葉から私たちはどうしてもsexに関係することを思い起こしてしまいますが、本来は
「自分自身の理想や真善美に対する憧れを完全に実現しようとする内面の欲求」(高橋重幸神父)
を指しています。
この定義に従えば芸術家やアスリートが生きる姿勢はこのエロスに当たるのかもしれません。
フィリア
友人に対する献身的な愛など幅広い意味で使われます。
米国ペンシルベニア州の大都市あるいはヨハネの黙示録において書簡が宛てられた先の一つとして知られている「フィラデルフィア」は兄弟愛という意味です。
また哲学フィロソフィーが「ソフィア(智)を愛する」と言う意味であることもよく知られています。
ところで、小欄は仏教については明るくないのあくまでネット情報ですが、仏教で愛と訳される言葉トリシュナーは欲望の充足を求める「渇愛」を意味するとのことです。(大谷大学HP「生活の中の仏教用語-[149])
とすれば、仏教においてこの意味での「愛」はむしろ克服されるべきものなのかもしれません。
また、日本の特に中高年男性にとって「愛」というのはなかなか口にしづらい言葉のようにも思えますが、これはまた別の話ですね。
閑話休題(それはともかく)
アガペ
この言葉もよく知られていますが、高橋重幸神父は
「まず第一に神が人間を愛してくださるその愛を指しますが、同時にまた人間が神を愛する愛と、人間同士が神において相互に愛する愛をさします。」
と述べておられます。
とすれば、このアガペこそ私たちにとって最も大切な「愛」ということになるでしょう。
参考:
雨宮慧『主日の聖書解説<B年>』教友社
高橋重幸『聖書からの語りかけ』女子パウロ会