わたしは命を捨てることもでき、それを再び受けることもできる。これは、わたしが父から受けた掟である。(18節)
今日の聖書箇所では短い間に
「命を捨てる」
という表現が5回も出てきます。
ですので、この言葉が今日のテーマと言ってよいでしょう。
まず、11~15節の部分には「良い羊飼い」の特徴は「羊のために命を捨てる」ことである、と書かれています。
そして、「良い羊飼い」が命を捨てることの根拠として
「イエスは羊を良く知っており、羊もイエスを知っている。そして、それは父なる神がイエスを知っており、イエスも父なる神を知っているのと同じだ」((14~15節)
とされています。
「知る」という言葉の意味が分かりにくいですが、雨宮慧神父は、ここでの「知る」は「愛する」と同じ意味であるとしておられます。
「良い羊飼い」であるイエスは羊のために「命を捨てる」のですが、それは決して、羊を狙う者に対して無鉄砲に立ち向かっていく命知らず、ということではありません。
イエスは命を捨てますが、その捨てた命を再び受けることも出来ます。
それらの全ては「父から受けた掟」(18節)によるものです。
(参考)
雨宮慧『主日の聖書解説<B年>』教友社
『主日の福音-B年-』オリエンス宗教研究所
