1865年(元治2)、南山手の丘に西坂で殉教した26聖人に捧げる大浦天主堂(正式名称/日本26聖殉教者天主堂)が建てられた。

 

大浦天主堂はフランス人のために造られた外国人専用の教会なので、当時は“フランス寺”ともいわれていたが、主任司祭であるプチジャン神父は教会の正面に日本語で“天主堂”と書いた。

もしかしたら日本人信者の存在を意識していたのかも。

そして、完成から1ヶ月後の3月17日、杉本ユリら浦上の潜伏キリシタン15人が訪問。プチジャン神父に秘密を告白する。

聖堂内で祈るプチジャン神父に近づき「ワタシノムネ、アナタトオナジ(私達もあなたと同じ信仰を持っています)」と囁いた後、「サンタ・マリアの御像はどこ?」と尋ねたのだ。

プチジャン神父は大喜びですぐにフランスから持参していた聖母の前まで導き、一緒に祈りを捧げたという。

 

(長崎Webマガジンより)