神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。 (16節)

 

ヨハネによる福音書3章ではユダヤ人でファリサイ派の議員であるニコデモという人物が夜、イエスを訪ねて来て対話をする場面が描かれています。

 

今朝の聖書箇所の中でも上に引用した16節は特に有名で、新約聖書全体を一つの文で表すとすればこの箇所になると良く言われています。

 

この16節に続く17節は

 

神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。 (17節)

 

となっています。

 

この2つの節からこの世に向けた神の慈しみのまなざしを見ることができます。

 

旧約聖書エゼキエル書18章31~32節には

 

イスラエルの家よ、どうしてお前たちは死んでよいだろうか。

わたしはだれの死をも喜ばない。お前たちは立ち帰って、生きよ」と主なる神は言われる。

 

と書かれています。

 

そのように語った神がその独り子をこの世に遣わしました。

 

(参考)

雨宮慧『主日の福音 B年』 オリエンス宗教研究所