自公で全議席の3分の2超える結果となった第46回衆院選の選挙ですが、
投票率は戦後最低の59.32%。
特に近年の若い人の投票率の低調さは目を覆わんばかり。
前回の09年選挙の時の年代別投票率は
60代が最も高く84.15%に対して
最低の投票率であった20代は49.45%
日本の若者は高齢者の6割弱しか国政に関わらないのです。
就職難や貧困問題など自分の生活に関わる問題も多いというのに
なぜ若者は選挙に行かないのでしょうか?
作家の乙武洋匡さんが、Twitter上で若者に
「選挙に行かない理由」
を意見募集したところ
活発な議論が沸き起こったそうです。
そこで投じられた選挙に行かない理由として
「自分が投票しても何も変わらない」という意見が多いのですが、
一方で、
「選挙権放棄したらむしろ政治家の思うツボだよ。
国民が何も考えなくなり政治家の言いなりになる事ほど、
政治家にとって旨い話はない」
といった選挙に前向きな意見も多く
アツく投票の意義について語る人もおり、
若者は必ずしも
政治に無関心ということではないように思えます。
今日の若者の選挙への無関心の原因は
彼らの幼稚性や受けてきた教育のせいといった
彼らに帰属したものではなく、
これは
モチベーションの問題だと思います。
乙武さんのTwitterでみられた
代表的な投票否定意見は、
「投票したって変わらない」
でした。
これはまさに無力感の表れです。
無力感は生物が本来持っている心理特性のひとつです。
心理学者セリグマンは
ある無力感に関する実験をしております。
犬を動けないよう箱に閉じ込め
電気ショックを与え続けます。
目の前にはレバーがあってそれを押せば
電気ショックから逃れることができるが
なぜか犬はそれをしない。
なぜなら、セリグマンは最初の一定時間レバーを解除して
犬がレバーを押してもどんなに暴れても
電気ショックから逃れられない状態にしていたからです。
こうして「どうせ何をしてもこの苦痛からは逃れられない」
と刷り込まれた犬は
セリグマンがレバーを有効にした後、つまり
逃げられる状態であっても何もしなくなったのです。
この無力感の刷り込みのことを
自分の無力さを学習するという意味で
学習性無力感というのですが
長年にわたる自民党の既得権益保護的政治や
日本社会にほとんど変化を
もたらさなかった民主党の政権交代から
今の若者は政治に対する無力感を
「学習した」のではないかと思います。
だから、多くの若者が投票は無駄だといって選挙に行かないのは
実は生物としては至極当たり前の反応であり
彼らが怠慢であるとか無責任だとか
と決め付けてしまうのは必ずしも適切ではありません。
では、どうすれば若者は選挙に対する無気力地獄から
脱することができるのでしょう。
罰則は一つの有力な方法です。
オーストラリアは投票をしなかった人に罰金を課する制度があるおかげで
投票率が9割以上という国民政治参加大国になっております。
ただ、投票の自由を法律で律することに多くの日本人は抵抗感を持っており、おそらく実現は難しいでしょう。
そこで、自己効力感の観点で考えてみます。
自己効力感とは自分の力が結果に及ぼす影響力が
大か小かの感覚、要するに目標達成できる自信のことです。
「どうせ国は変わらない」という認識について
「国が変わる」ということが
あまりに大きすぎる目標であり
今の若者は選挙で政治が変わるというイメージなど
とうてい持てない環境にあります。
バンデュラという心理学者によると
学習意欲は自己効力感に大きく影響されると言っています。
自己効力感が低下すると
「自分は頭が悪いから勉強しても無駄だ」という認識をしてしまい
学習意欲は下がり、能力もダウンしていくというスパイラルに陥ります。
今の多くの若者は
「自分の投票行動で政治に影響を及ぼすことなど不可能」といって
自己効力感の感じられない選挙に虚しさを感じています。
「自分が投票しても社会は変わらない」という認識が
自らを選挙から遠ざけ、結果
延々と自分の理想とは程遠い政治政策が繰り広げられることに成り
ますます若者を選挙から遠ざけるというスパイラルが展開されるのです。
そこで
自己効力感を高める一つの方法として
肯定的なフィードバックが有用だと思います。
目標達成したときに正当に評価して認めてあげることです。
成果が大きな目標達成ではなく
小さなものであったとしても
正当に評価して適度に褒めることが
本人の自己効力感を高めるのです。
しかし、マスコミ報道は
ほとんどすべてと言っていいくらい
政治に関しては批判的内容ばかりです。
それは政治権力を監視するという社会的使命による責任性なので
ある程度は仕方が無いとは思います。
でも、政治の批判は、
政治家の評価ではありますが
同時に政治家を選んだ国民の評価でもあります。
それによって政治家が意気消沈するのはいいとしても
問題なのは政治家を選んだ
国民も自分の投票行動に自信を失い
政治に対する意欲や興味が下がることなのです。
本当に政治家が不甲斐ないのだから仕方がないという意見も
あるかと思います。
確かに現政権は惨憺たる評価をマスコミによって受けました。
しかし、果たしてすべての政策が愚かな過ちだったのでしょうか?
野党がこぞって
バラマキと称した高校授業料無償化は
家庭の経済的事情で退学を余儀なくされていた学生を半分に減らしました。
この小さな成果をどれだけ正当に評価されたかと問えば
おそらく皆無でしょう。
しかし、これは国民が選挙に行くことで
世の中を変えた厳然たる事実であり成果であります。
私はマスコミを含め社会は国民対して
もっと自分の投票によって社会が変わった
という正当な自信を
持つ努力をするべきではないかと思います。
選挙の結果としての政治に対して悪い評価だけではなく
善し悪し両方のフィードバックをすることで
若者の自己効力感を醸成して
政治に対する無関心を食い止める必要があると思うのです。
否定批判こそ社会の進歩に繋がるなどというのは
マスコミの傲慢です。
蒙昧な認識です。
正当に成果を認め褒めることも必要なのです。
それは政治家のためではなく
選挙に行った国民のためにです。