#03 彼女の涙に、青年はすべてをさらけ出す

「…勢いだったとはいえ、あんな偉そうなこと言うんじゃなかった…」

そう言って、オレは大きくため息をついた。

あのメッセージを小鳥遊に打ったあと、その無責任さを思ってひどく後悔していたのである。

昔であれば、こんなこと気にもしなかった(=他人のことなんかどうでもよかった)だろうけど、今、オレの思考回路では、久しく存在を忘れていた理性がまともに働くようになったらしい。

とにかく、あのメッセージは無責任すぎたと、悶々とベッドの上でゴロゴロとしながら考えるだけの思考の余裕は出てきた。

(彼女の気持ちも知らないで、何を口走ってんだ、オレは…)



「…こんなことで悩むようになるなんて、オレもずいぶんまともになりつつあるんだな…」

そうつぶやいて、クスッと笑いながら、天井に手を伸ばす。


…相手が小鳥遊じゃなかったら、おそらくオレはこんなに悩んだりもしていないだろう。

逆に、彼女だから、たぶん、こんなに悩んだりしているのである。

そうしないと、言葉の刃物が、普通の人よりもはっきりと、彼女に突き刺さってしまうから。

普通の会話は空気になって消えてしまうようなものだが、LINEはログが残ってしまう。


…そう考えると、彼女と出会って、オレのなかで何かが変わった気がする。

それが何かはわからないけれど、とにかく小鳥遊さくらというひとりの少女(というのは失礼かもしれないが)の闇の淵に触れてから、オレはある意味で彼女に惹かれているのかもしれなかった。


…まさか、これが恋心…?いやいや、まさかね。



しかし、入学式から2週間も経つと、仲の良い友達というのも出来てくる。

そうした交友関係が広がるにつれて、次第に彼女とのLINEのやり取りも無くなっていき、あんなに彼女のことを考えていたのが嘘のように、2ヶ月後くらいには、完全に彼女とのLINEは途絶えていた。

ただでさえ、物静かな彼女のことだから、学校で話しかけてくることもない。
いつしか、オレのなかから彼女の存在は消えようとしていた。



…彼女が、帰り道にある、人もまばらな公園で泣いているのを見たのは、そんな頃だった。

しばらくの間、関わりもなかったのに、なぜだか素通りせずにいられなかったのは、かろうじてオレのなかに、まだ彼女の存在があったからだろう。

その時、仲の良い友達数人で帰っていたオレは、「あ、悪い!オレ、用事あったんだわ!」などと、テンプレ過ぎる言い訳で友達たちを先に帰らせ、彼女が座っていたブランコへと向かった。

「さくら…?」

スマホでLINEを開いたあとで、彼女にそう声をかけると、少し驚いたあとに、彼女は泣き顔をあげた。

『…あれ、日高くん…?』

《…となり、座るね》

そう言って、オレは彼女の隣のブランコに腰を下ろした。

すぐ近くにいるのに、妙な距離がある。

そこは、彼女とコミュニケーションする上で分かっていたことだが、やっぱり少しぎこちない。


『どうして、ここに来たの…?』

オレが腰かけてから、しばらくして、彼女が話しかけてきた。

《…何でって…、お前が泣いてるのが見えたから…》

『あちゃー(>_<)、見えてたかぁ…笑 …うん、少しね、ショックなことがあって』

メッセージでは笑っていても、そう言った彼女の横顔には、涙がつたっていた。

《…オレでよければ、相談乗るよ?》

…あえて、彼女が泣いていることには触れなかった。

彼女にとっては、これが普通の会話スタイルではあるが、泣いているところなんて、誰も見られたくないだろうから。

『…ありがと。日高くんって、優しいよね』

《…でも、オレ、ヤンキーだよ?笑》

そのメッセージを見た彼女が、クスッと笑った。

『たとえ、日高くんがヤンキーでも、あたしは優しいと思う!笑』

彼女のそのメッセージのあとに送られてきたスタンプには、荒れた格好をして、サングラスをかけ、バイクにまたがったネズミのキャラクターが描かれていて、横には、墨で書いたようなフォントで【漢(おとこ)はホレた女に優しくするもんだ】という、謎のセリフが添えてあった。

《…お前、結構こういうスタ好きだよな笑》

『日高くんみたいかな、って笑笑』

隣で彼女自身もケラケラ笑っている。

オレは彼女のなかで、どんなイメージを持たれているのだろうか…。

《オレ、【夜露死苦】みたいな言葉も使わないし、尾崎豊の歌みたいに、15の夜に、盗んだバイクで走り出したこともないぞ?笑》

『でも、好きになった人には、すごく優しそうだよね!』

あ、なるほど…、そういうことか。

…って、こいつ、どういう意味でこのスタ送ってきたんだ…?


そうして、しばらく雑談したあと、彼女は本題を切り出した。

『…せっかくだから、相談乗ってもらおうかな…。いい?』

《OK、いいよ!》

彼女は、ゆっくり、メッセージを打ち始めた。

『…最近、いろんな女の子と仲良くしてるんだけど』

《うん》

『…あたしのことを嫌いな女の子もいてね…、この間、女子トイレでいじめられたのをはじめに、最近ずっといじめられてるの…』

《えっ…、もしかして、さっき、それで泣いてたの?》

『…うん、今日のいじめは特にひどかったから…』


…よくよく話を聞いていくと、相手側は、もはや殴る蹴るなどの常套手段は使わず、もっと精神的にショックのあるものを仕掛けてくるらしい。

『…今日なんて…、下着姿をスマホで撮られたの』


さすがに、彼女が送ってきたこのメッセージには、仰天してしまったと同時に、はらわたが煮えくり返って、オレはまた一心不乱にメッセージを返した。

…そうだ、オレは―。

《…さくら、オレがいじめられてたってことは知ってるよな?》

『うん、前に聞いたよ』

《…オレ、地毛が金髪だから、カツラかぶってるんだよ》

そう言って、オレは今まで家族以外の人前で取ったことのないカツラを取り、それを見た彼女はすごく驚いた顔をした。

《もともと、オレ、クォーターなんだ》

『そうなんだ!!気付かなかった~』

《でも、この金髪のせいで、【外国人】とかってバカにされて、殴る蹴るは当たり前。それで兄弟ともども、その理不尽さにうんざりして、人を信じなくなったんだ。逆に、そこからだよ。いじめられてるやつを助けに乗り込んで行って、やった側をボコボコにするようになったのは》

彼女は、泣きそうな顔で呆気にとられていて、メッセージを打ち返すのも忘れていた。

《…まあ、もうヤンキーなイメージがついてるから、カツラなんてかぶらなくてもいいんだけど、クセでね…》

そして、オレはLINEを閉じて、自分の声で、彼女にこう言った。

「…いじめのこと、話してくれてありがとう。…必ず助けるから。…じゃあね」

その言葉を言って、立ち去ろうとした瞬間、彼女は、はっと立ち上がり、オレに抱きついた。

彼女は、泣いていた。

「…さくら?」

彼女は、LINEのメッセージをオレに送ってきた。

『…無理しないように、抱きついたの』

オレは、それを見てクスッと笑って言った。

「止めてくれたんだな。大丈夫、無理はしないから」

…ごめん、さくら。
オレ、嘘ついた。

オレ、今からある人のとこいってくるよ。
無理しなきゃ、たぶんお前を救えないから。


そうして、少しずつ、オレと彼女の関係が動いていく。

街は夕暮れ、オレはいまだはっきりしない彼女への気持ちを抱えて、そんな街を走った。
(つづく)