1 中学二年の日々
2045年 東京 新宿区立本村中学校
まばらに聞こえる蝉の声と初夏のあたたかな日差しの中で、彼女は襲い来る睡魔と闘っていた。中学二年生である彼女―宮野小春が、昼食後の、まったく興味のない日本史の授業で舟を漕がなかったのは、授業ではなく、彼女の斜め前に座る少女の「奇行」に注目していたからに他ならない。
その少女はノートに日本地図、のように小春には見えた―を書き出した。そして、一番上の菱形、おそらく北海道だろう―の上半分を赤で塗りつぶし、上から「USSR」と書いた。
ゆーえすえすあーる?眠らないよう小春が思索を巡らせていると、教師が少女に質問を投げかけた。
「さて、このソ連参戦が南北分断の直接の原因になったわけだが、当初スターリンは北海道全土を占領する気だったといわれている。しかし、釧路・留萌線でソ連軍は停止し、これが国境となった。これはなぜか? 黛、答えてみろ」
―ああ、ソ連のことか。よく知らないけど。小春がそう納得していると、
少女は―黛は立ち上がり、よどみなく答えた。
「ハイ、積丹半島への上陸を企図し集結したソ連軍輸送船団に、戦艦大和を旗艦とする第二艦隊が突入、いわゆる石狩湾海戦が起こりました。これにより、輸送船のほぼすべてを失ったソ連軍は、上陸作戦はもちろんのこと、兵站維持の観点からさらなる前進も困難になりました。ソ連軍が釧路・留萌線で停止したのは、このためです」
「難しすぎる」と生徒に大不評のこの社会科教師が出した難問に対して、教科書に載っていない、載っていたところで説明できないが―事項を挙げて答える黛に、クラスメイト達は注目した。もっとも、男子生徒の多くは彼女の発言内容よりも、その美貌と魅力的な姿態に注目していた。乱暴に言って、男子中学生とは、野生のチンパンジーと同義の生き物であるから仕方がない。
それに対して、はるかに高度な(小賢しい)知能を持っている女子生徒の方は厄介だった。実際、彼女を険しい目で睨みつけている者も少なくない。そういう手合いのほとんどは、勉強はそこそこできるが容姿が残念で、常に群れで行動し、傷口をなめあうことによって自分の存在を確認している連中であった。「ブスは根源的な部分において美人に勝てない」という社会の基本原理を受容できていないこの連中にとり、容姿端麗、成績優秀な彼女―黛涼子は、嫉妬の対象にしかなり得ないのであった。まあ、涼子のほうも、一種の近寄りがたい、高圧的な雰囲気を半ば意図して発散させていたから、完全な被害者とも言い難いところはある。
翻って、小春は涼子に対する嫉妬とかそういうものから、最も遠いところにいるといってよかった。小春にも涼子に対するコンプレックス、主に身体的な面での―が無かったわけではないが、―まあそれは個人の問題であるから気にしても仕方がない。小春にはそういう一種男性的な、割り切りの良い部分があったのである。勉学についていえば、涼子と彼女の成績の間には、無視できない隔たりがあったけども、―小春は「下の上」、涼子は「上の上」であった。小春はそういう点についても比較することをしなかったし、また涼子の方も、そういう行為に価値を見出す人間ではなかった。
小春は性別を問わずクラスの誰とでも親しく接しようとし、だれかを排斥しようとする女子特有の派閥に加わることも無かった。当然、休み時間ごとに厠へ小隊を組んで突入するという、 あの一種宗教的で奇怪な行事も行わなかった。
小春はこういう性格であったから、男子生徒の一部に、彼女を支持する派閥が一定数存在していたことは疑いようのない事実であった。彼らは野生のチンパンジーであると同時に、少しでも親しげに話しかけられたなら、「自分に気がある」と勘違いしてしまう、薬物中毒者も吃驚の思考回路をしていることがその原因であった。小春の全体的に小さくまとまった体躯も、小動物的な愛らしい印象に拍車をかけているといえた。
そういう、穿った言い方をすれば「あざとい」雰囲気を、小春は意図せず振りまいてしまっていたから、涼子と同様、彼女も件の連中からいい顔はされなかった。結局、彼女はクラスにおいて、なかなか親しい人間関係を築くことが出来なかったのである。
宮野小春と黛涼子という、出身小学校も成績も隔たりのある二人が親しくなったのは、単に席が近いことが理由ではなかった。双方の人格面と、それに起因する学級における人間関係の類似性があったことを踏まえておかなければならない。