「それが、あれだもんなぁ」


その日は割りと早く仕事を上がれ、綾乃とご飯でも食べに行こうかとも思っていた。
でも、また私が「普通」でと、かえって綾乃に心配させるんじゃないかと思い、大人しく帰ることにした。


もともとテレビもそんなに見ない性分で、かつ夜型の私は、どうしようもなく時間を持て余す。


なんとなく、ローテーブルの引き出しにしまってある壊れたストラップを取り出す。



音符がモチーフになったそれは仁汰とのおそろいで買ったもので、ふたつを組み合わせるとハートの形になるものだ。



ひねくれモノを自称している私は、

「わかりやすくおそろいなのは面白くない」

などと仁汰にふっかけ、仁汰はというとデートのたびにうんうん唸っており、その姿になんというか…嗜虐的な歓びを感じていた。




同時に、そこまで考えてくれている仁汰に、どうしようもないほどの愛おしさを感じていた。













「そのはずだったのに、なぁ」



今もはっきりと思い出せるその光景に、私は愛おしさどころか、懐かしさも感じていない。




10年前の興味のないニュースを再び見たときのような、「そんなこともあったなぁ」という無味乾燥な気持ちしか抱けないのだ。



それは、仁汰との思い出に関する、すべてに。





例えば、私は仁汰を失くしたときに、自分の心も亡くしてしまっているのか。だから「普通」でいてしまっているのか。




「でも、ご飯おいしいんだよなぁ…」




その日のおかずは生姜焼き。我ながら惚れ惚れする出来栄えで、そんなことにはちょっと感動してたりする。









やっぱりこれは「普通」じゃない。