No action No change
更新が滞ってしまい申し訳ありません。
お久しぶりです、広報局石山です。
今回のタイトルにはTRIGGERの大先輩のお言葉をお借りしました。
No action No changeというこの言葉、聞いたのは僕がTRIGGERの説明会に行った時でした。
以前にも書いたかもしれませんが、僕自身大学1年は無駄にしたようなものでした。
だらだらと楽な道ばかり選び挑戦することから逃げてました。
その時にこの言葉はかなり響きました。
それ以降、アクションを起こすことの重要さ楽しさ、そこから広がる可能性などを感じながら過ごす日々です。
さて、今日はその言葉がすごく身に染みた経験、僕が8/27から1週間、宮城の石巻にボランティアに行った際の話をしたいと思います。
少々TRIGGERのことからはずれますが、どうしても書きたくなってしまったのですみませんが書かせてください。
(※気分を害される方がいらっしゃるかもしれませんが、あくまで個人の感想ですのでご了承ください)
ついこの間9/11に東北大震災から半年、さらにはアメリカ同時多発テロから10年の月日が経ちました。
僕は3/11に震災が起きてからずっと東北へ行きたいと思ってました。
しかし状況が状況なだけに、何も知らないで飛び込むのは迷惑になるだろうと思ってもいました。
そしてTRIGGERの業務に追われながら半ば東北への意識も薄れ、月日が経つにつれボランティアというものに疑問を感じさえしました。
あまりに無知の自分が行っていいものなのだろうか、ボランティアに行くと言って自己満足してるだけ、偽善なのではないだろうか。
東北にボランティアに行く以前にカンボジアに小学校を建てるあおぞらプロジェクトという団体の発起人である葉田さんのお話を聞く機会があったのですが、そこで葉田さんは「ボランティアに一番必要なのはやる気や想いではなく、データである」とおっしゃっていました。
さらに震災から半年も経てば復興も進み学生ごときで手伝えることもあまりないのではないかと、浅はかながら思っていました。
そんなことも相まって、ボランティア行く前に億劫になってしまったのです。
しかし、実際に石巻に訪れて思いました。何をそんな躊躇していたのだろうと。


これは大川小学校です。メディアでも多く取り上げられた小学校ですので気になった人は調べてみてください。

これは石巻港にある、とある大企業です。

一方こちらは、道を挟んでちょうど反対側にある中小企業です。
都心に本社を構えるような大企業には復興できても地元で活躍していた中小企業には復興する体力もないのです。

石巻港には人はほとんどいません。
陸地にまで鳥が住み着いていることから、人びとが去ったことやその月日の長さが伺えます。
(画像が小さくて見づらいですね。すみません。)
これはつい数週間前に撮った写真です。
想像してみてください。
僕らが大学へ行ったりバイトをしたりしている半年間の全ての時間で、復興に励み続ける人がいるということ。
当たり前ですが、勝手にいつの間にか元に戻ってるわけないんです。
そういう人たちがいるということ、しかも同じ国、この日本にです。
ブログでこんなこと書いたら元も子もないですが、あの感覚はあの場に行かないとわからないかもしれません。
なんというかやる気が削がれる感じです。
もはや不謹慎と分かりながらも笑えてくるような、「とりあえず寝るか」なんて呑気なこと言って現実逃避をしたくなるような、なかなか言葉には出来ないですが。。
現地の商店街の方からお話を聞く機会があったのですが、津波が来たとき家の二階から街路を流れる波を見て、向かいの店主と思わず笑ってしまったとおっしゃってました。
おそらくそれが精一杯の自己防衛だったんだと思います。
僕らは石巻の寿町商店街というところで、ぐちゃぐちゃになった街路のブロックを外し、洗浄しまた元に設置するというお手伝いをしました。
僕が行ったときは既にそのプロジェクトも6週間目、最後の週だったのですが、街路はぼこぼこで、まだ少しヘドロの匂いが残っていました。
商店街の街路の再生というボランティアですが、ここの街路全て直すにはおよそ1億円かかるそうなのですが、ブロックを再利用しかつボランティアで人件費を大幅にカットすることによっておよそ2000万円で復興可能とのことです。
まだ東北に行ってない方でこのブログを呼んでくださった方はおそらく、頭では理解してるけどやはりどこか遠くの話に聞こえてしまうと思います。
もやもやとして終わりがちです。
ですが、それこそまずは行動してみることがいいと思います。
語呂悪いですがNo action No understandですかね、何かがchangeするかはわからないですが。
僕がこのボランティアでこのアクションの大事さをものすごく強く感じました。
想ってるだけじゃ誰にも伝わらない。人間は不器用なものでカタチにしないとわからないんじゃないでしょうか。
お久しぶりです、広報局石山です。
今回のタイトルにはTRIGGERの大先輩のお言葉をお借りしました。
No action No changeというこの言葉、聞いたのは僕がTRIGGERの説明会に行った時でした。
以前にも書いたかもしれませんが、僕自身大学1年は無駄にしたようなものでした。
だらだらと楽な道ばかり選び挑戦することから逃げてました。
その時にこの言葉はかなり響きました。
それ以降、アクションを起こすことの重要さ楽しさ、そこから広がる可能性などを感じながら過ごす日々です。
さて、今日はその言葉がすごく身に染みた経験、僕が8/27から1週間、宮城の石巻にボランティアに行った際の話をしたいと思います。
少々TRIGGERのことからはずれますが、どうしても書きたくなってしまったのですみませんが書かせてください。
(※気分を害される方がいらっしゃるかもしれませんが、あくまで個人の感想ですのでご了承ください)
ついこの間9/11に東北大震災から半年、さらにはアメリカ同時多発テロから10年の月日が経ちました。
僕は3/11に震災が起きてからずっと東北へ行きたいと思ってました。
しかし状況が状況なだけに、何も知らないで飛び込むのは迷惑になるだろうと思ってもいました。
そしてTRIGGERの業務に追われながら半ば東北への意識も薄れ、月日が経つにつれボランティアというものに疑問を感じさえしました。
あまりに無知の自分が行っていいものなのだろうか、ボランティアに行くと言って自己満足してるだけ、偽善なのではないだろうか。
東北にボランティアに行く以前にカンボジアに小学校を建てるあおぞらプロジェクトという団体の発起人である葉田さんのお話を聞く機会があったのですが、そこで葉田さんは「ボランティアに一番必要なのはやる気や想いではなく、データである」とおっしゃっていました。
さらに震災から半年も経てば復興も進み学生ごときで手伝えることもあまりないのではないかと、浅はかながら思っていました。
そんなことも相まって、ボランティア行く前に億劫になってしまったのです。
しかし、実際に石巻に訪れて思いました。何をそんな躊躇していたのだろうと。


これは大川小学校です。メディアでも多く取り上げられた小学校ですので気になった人は調べてみてください。

これは石巻港にある、とある大企業です。

一方こちらは、道を挟んでちょうど反対側にある中小企業です。
都心に本社を構えるような大企業には復興できても地元で活躍していた中小企業には復興する体力もないのです。

石巻港には人はほとんどいません。
陸地にまで鳥が住み着いていることから、人びとが去ったことやその月日の長さが伺えます。
(画像が小さくて見づらいですね。すみません。)
これはつい数週間前に撮った写真です。
想像してみてください。
僕らが大学へ行ったりバイトをしたりしている半年間の全ての時間で、復興に励み続ける人がいるということ。
当たり前ですが、勝手にいつの間にか元に戻ってるわけないんです。
そういう人たちがいるということ、しかも同じ国、この日本にです。
ブログでこんなこと書いたら元も子もないですが、あの感覚はあの場に行かないとわからないかもしれません。
なんというかやる気が削がれる感じです。
もはや不謹慎と分かりながらも笑えてくるような、「とりあえず寝るか」なんて呑気なこと言って現実逃避をしたくなるような、なかなか言葉には出来ないですが。。
現地の商店街の方からお話を聞く機会があったのですが、津波が来たとき家の二階から街路を流れる波を見て、向かいの店主と思わず笑ってしまったとおっしゃってました。
おそらくそれが精一杯の自己防衛だったんだと思います。
僕らは石巻の寿町商店街というところで、ぐちゃぐちゃになった街路のブロックを外し、洗浄しまた元に設置するというお手伝いをしました。
僕が行ったときは既にそのプロジェクトも6週間目、最後の週だったのですが、街路はぼこぼこで、まだ少しヘドロの匂いが残っていました。
商店街の街路の再生というボランティアですが、ここの街路全て直すにはおよそ1億円かかるそうなのですが、ブロックを再利用しかつボランティアで人件費を大幅にカットすることによっておよそ2000万円で復興可能とのことです。
まだ東北に行ってない方でこのブログを呼んでくださった方はおそらく、頭では理解してるけどやはりどこか遠くの話に聞こえてしまうと思います。
もやもやとして終わりがちです。
ですが、それこそまずは行動してみることがいいと思います。
語呂悪いですがNo action No understandですかね、何かがchangeするかはわからないですが。
僕がこのボランティアでこのアクションの大事さをものすごく強く感じました。
想ってるだけじゃ誰にも伝わらない。人間は不器用なものでカタチにしないとわからないんじゃないでしょうか。