りずむ について | ◆今夜も枕投げ◆

りずむ について

 春休みになってからというものの、どうも生活のリズムというものがおかしくなってしまった。明け方まで起きてしまう日もよくあって、起床時間が昼の1時半に固定されてしまっている。できるだけ早めに起床しようと午前中に目覚ましをセットするも、相当気合が入ってないと全く起きれない。しかも相当眠いのかめんどくさがりなのか、起きた後に寝ぼけながら目覚ましを確認すると、アラームが切られた様子がない、つまり朝の僕は、起きろ起きろとけたたましく鳴るアラーム音にわざわざ耐えてまで寝ているのである。我ながらすごい根性だと思う。こんな生活習慣は治さなきゃなぁ、と毎日考える、ほんと考えるだけなんだけど。

 つい最近婆ちゃんの家に行った時、寿司屋へ連れてってもらった。人気店らしく店はほぼ満員で、テーブル席に座れる様子ではなく、家族揃ってカウンター席に座る事に。座ると丁度目の前が板さんで、寿司を握る様子が見る事ができた。下準備が済んだ魚が並ぶガラス張りのカウンターをまたいで僕の目の前に一人、どうやら板長さんらしくその手際も鮮やかだ。その人の左手に二人、右手に一人と四人の板さんが、忙しそうに寿司を握っていた。ネタの鮮度も去ることながら、握りの程よい固さもあって、味は絶品。ふとよく見ると、当たり前の事だが板さんそれぞれに握り方というのがとても特徴がある。左手にいる板さんは、淡々と、そして確実に良い握りを作る。それに対照的に目の前にいる板長さんは、まるで音楽に併せるかのように体を上下させて、マグロやイカ、ホタテに軍艦、次々とネタを握っていく。肩を上下させ、足踏みし、自分の世界に入ってるトランス状態に似たかのような握り方、鼻歌まで聞こえてきそうだった。そんな様子を傍目に見ながら、左手の板さんは、やっぱり自分のペースを崩さず、テキパキと自分の寿司をにぎっていた。二人とも、ハデにしろそうでないにしろ、お互いの自分のリズムに乗って、寿司を握っているのだ。

 そういえば、リズムに乗るという言葉に悪い意味を聞いた事はない、大体意味合いとして、上手く行く事として扱われている。悪いリズムに乗ってしまう、なんて言葉は余り聞いた事がない。これはつまりリズムに乗るという意味が、リズムを上手く扱うという所に由来するからなんだろう、と僕は勝手に考えている。そこから、板さん達は、自分達のリズムを上手く使って、美味しい寿司を握っている。僕は自分自身の生活習慣のリズムを上手く扱えない故に、こうして朝寝坊をしてしまう。という風にである。