厨設定
「厨要素を含まずに作品を作る事ができるのか。」という議論というか雑談をしてみた。厨設定の定義とは難しいのだけど、簡単にかいつまんで説明すると、所謂解り安すぎる設定、及び作者の自己満足がふんだんにまぜこまれてる設定である。例えばこんな所である。
御手洗 皐月は光明寺女学園の生徒会を総括つする。会長である。成績優秀、スポーツ万能。丸眼鏡が似合う和風美人。剣術の達人でありその腕は硬い岩石をも一太刀で真っ二つにするほど。厳粛な家庭に生まれ育ったせいか、礼儀作法や風紀にはとても厳しい。しかしそのため恋愛経験は全くなく、故にそれらの情報源はこっそり読む少女マンガや、図書委員の友人の貸してくれたBL系(最初はこんな不謹慎!と怒ってはいたものの序如に気になって、こっそり読みはじめ今ではどっぷり)というわけで妄想力は逞しい。本人は実は気づいていないが、伝説の英雄の血族であり、今は薄らいでいるものの、有事にはその力が開放され、世界を救うためにその力を使う契約が、血に刻まれている。
といった典型的委員長英雄風な設定。このようなよくありがちパーツを組み合わせたキャラ造詣や、世界観設定を個人的に厨設定とよぶ。なお後付け設定などを都合により付け加えると、よりそれらしくなる。つまり今回の雑談はこれらを使用せず、きちんとした委員長設定を作る事が可能か?という事がひとつの側面となる。とりあえず1時間少しばかり三人で会話をしてみた所、それができるのは伊藤潤二しかいない。という結論に。そりゃ魚の腹に鉄製の四足つけて、わさわさ歩かせる(足にウイルス付き)とか。厨設定どころか、電波すら通り越している。
しかし設定の発想が特徴的とはいえそれが万人に受け入れられる事とは必ずしも共通しない。事実今のような魚に足を付けるという設定、面白いと評価した人は必ずしも多いとはいえなかった。他に解りやすい例として、かの有名なガンダムの生みの親である富野由悠季がいる。彼は、毎回毎回それまでのアニメ史では作られた事のなかった分野を切り開き、今でこそ基本となっている設定を数多く作り出したものの、製作当時、その様々な設定は全く世の中に受け入れられず、出た直後に作品がヒットする事は全くと言って良いほどなかった。かの有名なロボット物である勇者ライディーンでは途中で監督を降板させられるほどだったという。
つまり都合の良い設定というものは、人に受け入れられる物、保守的とはいえ面白い物を作るためには、ある程度には必要な物ではないだろうか、暴走しがちな程に組み合わされた設定の手綱をどれだけ旨く握る事ができるのか、それが重要なのだ。