あっちとこっち | ◆今夜も枕投げ◆

あっちとこっち

 今日の帰りがけ、電車に載っていると、下北沢で一人のおじさんが乗車してきた。おじさんは荷物ひとつなく、服装は上から下まで紺のスウェット。きょろきょろと周りを見渡しながら、車両の端に座った。電車が走り出した。車両には僕の家族と、ぽつぽつと数人の人がいるだけで、がらんとした空気。がたんがたんと、静かな車内に電車の走る音がする。

 しばらくすると定期的に響く音以外にも、音が聞こえてきた。気になって見回してみると、さきほど電車に載ってきたおじさんが、外を見ながら「うーー、うーー」と唸っていた。彼はそのまま終点の新宿まで、ずっと不定期に、「うー、うー、」と呟いていた。高くもならなく、低くもならなく、一定の音を電車に響かせていた。

 子供の頃、ああいった事をよくやっていたと思う。突然頭の中にリズムが浮かんで、それを口ずさまずにはいられなくなる。その行為はとても楽しくて、楽しくて、目に映るものと頭に浮かぶもの、全身で感じるものが混ざり合ってひとつになって、奔流となって口から漏れる、そんな感じのものだった気がする。

 時がたって、いつのまにかそんなことをやらなくなった。けれど彼は今でもそれをやっている。僕は、彼のような人々の考えている事、感じている事を、知ってみたいと思う。どうしてその思考、感覚に至るのか。いつかは解る時が来るのだろうか、その時僕はどんな事を感じるのか、それは僕にも、誰にも解らない事なんだろう。