キャシャーンを見た | ◆今夜も枕投げ◆

キャシャーンを見た

松竹
CASSHERN

 人間だれしも、自分の中に求めるモノがある。金持ちになりたい、あの子と付き合いたい、有名になりたい。人それぞれその形は違えど、必ずそのような「夢」を持っている。

 だが夢とは叶えるのが難しいからこそ夢であって、夢を「見る」事はできても「掴む」事は殆どの人ができない。夢破れた人々はそのころの自分の思いを胸に秘め、日々を生きていく。

 この映画の登場人物達は、せつなく、悲しい程にその夢へとひたむきに進む。

「生きたい」「母に会いたい」殆どの人々が望まずとも手に入るこの当たり前の望みを、彼らは得られない。当たり前の事を、夢としてしか見られない彼らを、すべての人々は否定し、虐げる。そんな悲しい願いを持った彼等の、悲しい戦い。

 映像技術の面においては、その筋の能力は一流。色の使い方や、絵の作り、どれをとっても監督の撮り方で作られており。紀里谷和明本人でしか作れないものばかりだ。 時折ギャグとしてしか見れないシーンもあるが、そこはご愛嬌。 まさか唐沢のクロスカウンターが見れるとはおもわなんだ。

 構成、脚本は世間一般ではものすごい評価だが。僕はこの映画は絵と、その話の悲壮感に浸る映画だと思うので、そういうものだという判断にしておく。ただひとつどうしても納得できない所を言わせてもらうと。新造人間の設定であるが。。。結局どういう肉体なんだねきみら。

 わりと僕はこの映画は好きだ。監督自身のコンプレックス、まるで叫ぶかのように、むき出しの感情を、自分しかできない手段で主張する。こういった映画がたまにはあってもいいじゃないだろうか。