後二年で何ができるか
気付いたらもう、大学三年生になっていた。僕はこれまで何をしていたのだろうか。一年の最初に色々やってみようとしたが、何もできず中途半端だった、そのままずっとネトゲやったりダラダラしてたり、僕はいままで何をしてきたのだろう。残された時間は後二年、何をやれるんだろう。何ができるんだろう。何をしたいんだろう。
考えてみたら、今までの人生において、自分のやりたい事を、その岐路に立った時、きちんと選択したという覚えがない。周りの意見に負けて、自分の意思を殺して、いや自分の意思を持たないで選択をして、その都度後悔をして後悔をして後悔をして。
昔から僕は本が好きだった。その原点はおそらく、婆ちゃん家の隣のおばちゃんから、大量に本をもらった事だろう。もう、本当にそれは大量と言える本だった。それはもう家の三畳間の半分がその人の本で埋まった位の量だった。僕はその部屋の本を好んで読んだ、小学生の頃は特に、児童向けの偉人の伝記を好んで読んだ。リンカーン、エジソン、ニュートン、野口英世、一休、弘法大使、児童向けに改変されてるとはいえ、僕は本当にこれらが大好きだった。最近になってノンフィクションに興味を示してきたけど、昔からこのジャンルが好きだったのかもしれない。
だけど、その頃は親の職業を継ぐって事しか、頭になかったと思う。
親というか、父方の家族は家族で自営業の薬局をやっていた、僕の母親も薬剤師の免許を持っていて、そういう理由もあって、家に嫁いできていた。だから僕も家業を継がなきゃならないという、一種の強迫観念があった。でも今考えると、それは甘えだったのかもしれない。その後ずっとずっと、僕は理系に行かなきゃ行けない、薬学部に行かなきゃいけないという事を考え続けた。ずっと算数はできなかったのに。
中学になり、数学に全く興味を持てなくなった、薬剤師には、なれれば将来楽だろうという気持ちだけで目指していた。高校に進学して、文型と理系に分かれるという事になった時、ふと文型に行こうと思った。でも文型には行けなかった、行こうとおもっても、言うと両親は「文型に行ってどうするのか」と、どやした。そこで負けている辺り、自分が今でも情けない。そのまま意思を貫いて文型に行くと行っていれば、今の人生が変わっていたのかもしれない。
結局高校生活も理系で過ごした。薬剤師を目指すには、英語数学化学が必修だった化学は有機だけは好きになれた。暗記だったから。けど、数学は決して好きになれなかったし、できはしなかった。今でも数列はちょっとした応用問題になると考え込む、結局黄色チャートすら完全には解けなかった。英語は、もはやあれはなんだったんだろう。さっぱり身に付かなかった、僕はやはり国語だけしかできない適正なのかもしれない。実際、高三の時受けたセンター試験、国語だけは8割強に到達した。全く勉強してなかったのにも関わらず。だ。もちろん、国語しかできなかったわけで。センター以外は必修科目だけの薬学部は全滅した
その直後、我が家の自営業の薬局が倒産した。その時家族は言った「もう、他の事をやってもいいよ」
僕がその時感じたのは「何を今更」だった。文型に行きたいと言った自分を束縛してた親は、この時余りにも簡単に手のひらを返した。わけが解らなかった。ここまで来たら、受けるしかない、いままで嫌々でもやってきた事を無駄にはしたくない。僕はその後一年勉強して、薬学部と、今の学校を受けた。
結局だめだった。
そして今この工学科にいる。よくよく考えてみれば、あの浪人する直前、文型に転向すればよかったのかもしれない。文型に行って、やりたい事を勉強すればよかったのかもしれない。今の僕は、学校の勉強、ゼミにほんの少しも興味が沸かない、だからといって、他の大学を受けなおすにも、親の負担をかけすぎる。
でも、だからこそ、仕事だけは自分のやりたい事をやりたいと思う。本じゃなくてもいい、文字情報媒体に関する仕事だったらなんでもいい。自分の納得できる仕事につきたい。結局、今まで意思の弱い自分のせいで、自分のやりたい事をやれなかった。次位は、自分の意思で決めた事を、やりたい。
後二年、何ができるかさっぱり解らないけど、とにかく、表現をすることから始めたいと思う。何かに自分をアウトプットして、しっかり表現する。その事位は、やれないといけないんじゃないか。
どうなるか解らないけど、これからがんばって行こうと思う。最後位は、自分で自分に納得できる人間にならなきゃいけないなと思う。