
12月24日。
クリスマスイブの日。
星占いでは最高の一日。
しかし、せっかくの楽しい一日が、とんでもなく不運な日になろうとは、思いもしなかった。
この日は「ももクリ2015」に参戦する為、バイクで軽井沢へ向かっていた。
いま思い返してみると、幸先が悪かった。
計算上自宅から目的地の軽井沢駅まで3時間強。
途中、給油とかも考えれば3時間半というところか?
都合上11時くらいに軽井沢駅に行かないといけなかったので、余裕をみて7時には家を出たいと思っていた。
しかし、気が付いたら7時50分だった。
慌てて準備して、家を飛び出した。
途中、iPhoneを忘れていることに気が付いたが、戻る暇はなし。
バイクの機動力を生かし、すり抜けで渋滞をパスして、寝坊分のロスを取り戻したかと思ったのだが、国道254号線を順調に北上して、東松山市に差し掛かったとき、突然、バーンという音がして、エンジンストップ。
セルを回しても、キックをしてもエンジンが掛からなくなってしまったのだ。
「マジかよ・・・」と弱音を吐きつつも、チェックしてみると何と点火プラグが外れているのを発見した。
再び「マジかよ!」と絶望の声を吐いた。
点火プラグはプラグレンチがないと締め付けられないのだ。
それでも外れてしまった点火プラグを手で締め直した。
点火プラグは熱くなっていたが、軍手で何とかなった。
どう考えても締め付けが甘かったが、エンジンは始動した。
いまGoogleマップで見てみると、トラブル発生現場の近くには髙﨑線の駅があり、電車で行くべきだった。
しかし、このときはバイクが壊れたのかという思いと、遅刻をしそうだという焦り、そして何より現在地点が何処か分からない不安があり、エンジン再始動で先に進んでしまったのだった。
これもiPhoneを忘れてしまったことがまずかったのだ。
さらに街道沿いにはいくつかバイクショップがあったのに、そこでプラグレンチを借りる手間を惜しんだことを後悔することに。
それから順調に進んで群馬エリアに入った。
富岡から妙義を抜けて横川へ向かう道で、再び点火プラグが抜けた。
ここから地獄だった。
点火プラグが熱いのと、長時間のアクセルワークで握力が落ちたのとで、きつく締められなくなっていた。
だから、直して、走り出して、すぐエンジンが止まる、を繰り返してしまった。
結果、松井田妙義から軽井沢まで2時間もかかってしまった。
しかも、碓氷バイパスでエンストしたときに、バイクを押して歩いていると、靴底の爪先部分が剥がれてしまったのだ。
これが後々の判断を間違える決定的な出来事だった。
さて何とか軽井沢に到着。

開演直前に会場へ行くことができた。
ライブを堪能し、帰路に赴く。
どう考えても、この状態のバイクを動かすの無謀だ。
いま冷静に考えれば、新幹線で帰り、後日、自宅から工具を持ってくるか、ワゴン車を借りてバイクを取りに来ればよかった。
しかし、靴がダメになっていた。
ナイキのトレッキングシューズだったので、アウトレットで新しいのを買えば良かったのだが、そういう考えは思いつかなかった。
靴がダメだから歩きは無理。
だから電車で家に戻ることはできない。
理屈にならない論法だった。
それに点火プラグが冷めている状態なら素手で点火プラグを締め付けることができるかも知れない。そうすれば大宮あたりくらいまでは行けるかも知れない。
もはやギャンブルだった。
経験則からこういう場合勝てた試しがない。
素手で点火プラグ締め付け、エンジン始動。
午後7時。軽井沢駅前駐車場出発!
まずは碓氷バイパス。
軽井沢からだと殆ど下りだったので、往きと違って不安はなかった。
順調に坂を下っていたが、横川を過ぎたあたりの真っ暗な場所で、エンジンストップ。
軍手をしても火傷してしまうくらいに、プラグは熱くなっていた。
持っていた水をかけて冷まして、取り付ける。
ペットボトルの水をかけるくらいじゃ充分に冷ますことができない。
それでも軍手越しにさわれるようにはなった。
そして差し込み締め付ける。
触っている感覚でもすぐに外れそうなくらいなのは分かった。
それでも走り出した。
安中警察署を過ぎたあたりで、何度目かのエンスト。
またあの作業をするが、今度はエンジンがかからなかった。
絶望感が全身を満たした。エンジンが壊れたと思った。
ふと道の先を見るとガソリンスタンドの看板の灯りが見えた。
バイクを押して店に駆け込み、店員に事情を話すと、最初は快く工具を貸してくれると言ったのに、急に態度を変化させ、断られてしまった。
点火プラグを締める工具があればそれを貸して欲しいといった途端だった。
そのガソリンスタンドの店員はワザワザその道の先にあるライバル会社になら整備工場があるから、工具があるというので、その場をあとにした。
数百メートル、バイクを押して歩いて、教えられた店に到着。
店員に事情を話すと、初めは工具倉庫の鍵が開かないからと言ってきて、それでも何とかならないかと交渉すると、今度はバイクの工具はないと言ってきた。明らかに嘘だっ!
何故ならバイクの工具がないなら、一番最初にそう言うはずだ。しかし、そうは言わなかった。
確かにプラグレンチは無いかも知れない。しかしペンチでもプライヤーでもいいのだ。
掴んで、回せれば。
一時しのぎなのだから。
それらは一般的な工具だろう?
ペンチも、プライヤーもないのに、お前らは車検をやっているのか?
店の名前はあえて書かないけど、エネオスとシェル以外のガソリンスタンドは金輪際使わないことを心に誓った。
それから安中市民が東京に来て困っていても、絶対に助けないと心に誓った。すべて安中警察署近くのガソリンスタンド店員が悪い。特に嘘までついて追い返した、車検をやっているという看板を出していたセルフのステーションの店員。
人情のない安中のガソリンスタンドから追い返されて、途方に暮れてコンビニの駐車場で、休みながらもう一度プラグを締め付けて、エンジンをかけてみた。
今度はエンジンがかかった。
再び走り出せた。
国道18号線を進む。
髙﨑を過ぎ、17号線に入り、埼玉へ。
その間、2,3度止まってしまったが、だんだんコツが分かってきた。
スピードを60キロ以上にすると外れる。ゆっくり走ると、はずれ難い。
そうやって慎重に走らせた。
真っ暗で、どこまでも続くかのような道をノロノロと走る。
途中、大型トラックがギリギリを追い抜いていく。
何度もぶつかるかと思った。
2車線あってガラガラなんだから、追い越し車線から抜いて行けよ。
もう泣きそうだった。
真っ暗な街灯すらない道が東京に続いているとは思えなかった。
それでも、エンジンが止まる度に直して、走り出す。
1キロでも進むしかない。
気づくと深谷から鴻巣へ来ていた。
このあたりで雨が降ってきた。
しかし、イヤホンからワイドFMでいつも聴いているラジオが聞こえるようになった。
街が明るくなった。
少なくとも知らない場所でなかったので、希望が湧いてきた。
不思議とエンジンも止まらなくなった。
知っている場所と言うだけで安心感に包まれた。
大宮の手前でエンスト。しかし、もう絶望はしなかった。
ここまで来ればあと思う少しだ。
埼玉県庁まで来た。浦和は母親の地元で、お墓もあるから何度も来ている。
見知った場所だった。
もう帰れる。
心細さから完全に解放された。
鴻巣では雑音混じりだったワイドFMもクリアになった。
朝霞、新座、西東京市といつも走っている場所になった。
もう気分は帰ってきたという感じだった。
都内に入ってからエンストしなくなった。
バイクもあと一踏ん張りだと分かっているかのようだった。
午前1時半、無事帰宅。
往きは5時間、帰りは6時間半かかってしまった。
手はパンパンになり、全身冷え切ってしまった。

今回の反省は、遠出するのに工具類を持たなかったことだ。
せめてプライヤーがあれば、これ程苦労はなかったと思う。
それからガソリンスタンドの看板を信用しすぎた。
工具がないという嘘をつかれるとは思わなかった。
それでも、楽しい遠征だった。
無事に戻ってこられれば、全て楽しい思い出に補正される。