袴田事件再審決定+刑の停止+釈放 日本の正義が試される | Happy-Gate

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半径5mのライフログです。

袴田事件を知ったのは、学生時代。学内には学生運動の残滓があり、いわゆるアジビラや立て看板に書かれていた。
特に関心があったわけではないが、酷い人権侵害があったことに驚いたと同時に恐怖した。
人権が軽んじられた戦前の事件ではなく、戦後の事件だったからだ。
拷問による自白の強要と、その自白を補強するための物的証拠のねつ造。
到底民主国家の司法機関にあるまじき愚行がまかり通っていたのだ。
そして、それがいまも続いていることに驚いた。
憲法には人権を保障するために、適正手続きの規定がある。簡単に言うと、人を罰するためには、法律的にも、実質的にも、適法でなければいけないというものだ。
当時、悪名高き静岡県警では、このプロセスが完全に無視されており、いくつもの冤罪事件が起こっていた。
この袴田事件では、拷問による自白の強要があった。CIAも真っ青なことをやっていたのだ。
トイレに行かせない、寝かせない、大人数での威嚇などだ。
日本の憲法では、自白排除の原則があり、強要されて出た自白は証拠として機能しないことになっている。
袴田事件でも、自白の任意性は否定されたのだが、公判中に物的証拠が見つかり、これが決め手となって死刑となった。
それは被害者と加害者の血がついたシャツだった。
当時の科学捜査能力では、付着した血の血液型しか分からなかった。付着した血液は、袴田さんと同じ血液型だった。そして裁判所は証拠と認定した。酷い話だ。基本的に4パターンしか血液型はないのだから、同じ血液型になることだってあるだろう。とてもじゃないが、血液型だけで個人の特定は出来ない。
ものすごい短絡的な発想で、犯人に決めつけられたのだ。
犯人の血液型は●型である。袴田さんは●型である。故に犯人は、袴田さんであるという様な。この血液型が世にも珍しいものならまだしも、そうではなかったのに。
疑わしきは、被告人の利益にという法諺があるのだが、この刑事裁判の原則は、建前でしかないのかも知れない。
ところが最新の科学的鑑定の結果、証拠の衣類に付着した血液から抽出したDNAが袴田さんと一致しなかったのだ。
これにより再審が決まった。
しかも、驚いた事に刑の執行停止、釈放までも認められたのだ。
証拠はねつ造されたものでは?という部分にまで踏み込んでいた。
唯一の証拠に疑いが生じたいま、我が国の司法は、正義を問われる事になった。
それでも権力機関のメンツのために、弱者の人権を無視し続けるのか?どうなのか?
注目せずにはいられない。