工事の看板も倒れていましたよ。

東京タワーも、スカイツリーも、いつもより光が強く感じた。
こういう日に限って、三脚を持ち歩かなかったから、せっかくのシャッターチャンスだったのに、取れてない。手ぶれしまくり・・・。
今日は一日中、押井守の初期実写作品を見ながら、ラベル入力作業。
朝日新聞のコラムの通り、「堕胎モチーフ」という視点で見返すと、実写でも、まさにそうでしたね。
堕胎モチーフというのは、押井作品に散見される事象のうち、内側に秘められた何かが破壊的に暴露されるというもの。
それは外からの力だったり、内部からのものであったりと、あるけど、包み込んでた世界が破壊され、新しい世界になるというもの。
たとえば、うる星やつら2のクライマックス。ラムの夢の世界が、夢邪気のバクによって破壊されるシーンはわかりやすい。
これは押井守自信に、父親であることの居心地の悪さがあり、それをリセットしたいという深層心理の願望が創造性と結びついたものではないか?
そういう監督の一身上の都合を考慮して、作品を見ることがなかったから、なるほど、目から鱗でした。
だって、紅い眼鏡なんか、よく分からない作品じゃん。
なんで組織裏切って、逃亡しているのか?逃亡した主人公がどうして戻ってくるのか?物語上は語られていなかったし、随所で現れる兵藤まこは一体何を意味しているのか分からなかった。
組織=家族、犬=押井守、少女=自分の娘だと考えると、全てが合点がいった。
家族、家庭、父としての責任から逃げ回る監督が、そこにダブって見える。
心を入れ替えて、帰ってきた街で再開するかつての仲間=元妻は、敵なのか味方なのか分からない。
クライマックスは、主人公が映画のセットを破壊して、外に飛び出そうとして、自分に殺されるという、堕胎モチーフがあった。
こういう視点がなかったときは、鈴木清順のパクリみたいに思ってしまってた。
さすが一流新聞社の記者の視点は、一般人と違うな。