フィクションが現実を予言する 東野圭吾『天空の蜂』 | Happy-Gate

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半径5mのライフログです。

今日は曇り。
そのせいか、あまり気温が上がってない。
 
でも、過ごしやすい。
 
東野圭吾の隠れた名作『天空の蜂』を読み返してみる。
 
まさにいま陥っている原発クライシスをあつかった作品。
 
今の状況で読み返すと、実に、味わい深い内容になっている。
 
この作品では、テロリストが大型の無人ヘリをジャックし、原発に特攻するテロを画策する。
原子炉建て屋の天井付近には使用済み核燃料があり、大型の航空機による特攻で、その使用済み核燃料を飛散させることができると描いてある。
 
そして、原発というものの本質は、とても危険きわまりないものであり、ひとたび事が起これば、どんな事態になるか。
 
危機は、こういうフィクションの中で、語られていたのに。
 
東野圭吾って人が、この作品を描くに当って、ものすごく原発について勉強したと分かる。
まさにこの作品の中で描かれ居る展開通りになっている。
 
もっとも現実の方が、空想の先を行ってしまったが。
 
自然災害により、原発が一斉にメルトダウンに追い込まれそうになり、そして、爆発までしちゃったなんて、さすがに想像ができなかっただろう。
 
天空の蜂のテロリストの目的は、原発の存在を意識させることだった。
 
原発にここまで依存して大丈夫かと言うことが主題だった。
 
しかし、この作品はフィクションの壁を越えることはできなかった。
 
もし、いまの東野人気の中で、この作品が新刊として発表されていたらどうだろうか?と考えさせられた。
たくさんの読者を持つ東野だけに、原発問題を考える呼び水になったのではないか?
 
作品の中では、原発の是非は語られていない。
しかし、今謳歌している文明が、原発によって享受できているという現実を突きつけてはいた。