発端3 | Happy-Gate

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半径5mのライフログです。

ブルーシートをめくると、鑑識課員たち、町田署の刑事たちが死体を囲むようにたっていた。
検視はまだ始まっていなかった。どうやら刑事課長代理が、烏城が来るまで検視を止めていたようだ。
「それじゃ始めるぞ」
検視官がいうと、その場にいる全員が遺体に対して、手を合わせた。
 警察官だって、個人では様々宗教を持っているのだが、警察では古くから仏教的な言い回しが多かった。
 いまそこにいる遺体の女性がクリスチャンだとしたら、仏教的作法で自分が悼まれたという事実をどう受け止めたのだろうと、烏城は思った。
 烏城は手を合わせず、黙祷をした。
 検視官の部下たちが、検視官の指示に従っててきぱきと作業をこなしていく。
 手慣れたものだと、感心した。
 皮膚の色、外傷、死斑など、外的な要因から、事件性の有無を確認するのが検視官の仕事だ。
 彼の判断いかんで、この後の展開も変わってしまう。
 それだけに検視官には、殺人事件捜査に携わって10年以上のキャリアを持った人間が当てられる事にはなっている。
「池永苑恵、27才。女性」
「外気温16度。湿度60%。昨夜の天候は雨」
鑑識官の一人がいう。
 検視は、まず現場の状況から入る。今回の場合だと、屋外で河川敷。そして、死体の態様。簡単に言うと、うつぶせで倒れているのか、仰向けなのか、服を着ているか、着ていないかなどだ。それらを写真と記録に残す。
 次に、死体の頭部から見る。髪の毛に覆われていて、一見しても問題の無いようにみえてしまうこともあり、事件を見過ごしかねないことから、時間をかけて見ることになる。
 この女性の場合、外傷は見あたらなかったが、髪の毛をかき分けて頭皮を見ると、皮下出血が見られた。
 つづいて、顔面、胸部、腕と見ていく。事件性のある死体には、この部分に何らかの痕跡があるからだ。
 肩と脇腹に皮下出血、腕と手には擦過傷があった。
 サイクリングロードから滑り落ちた転落死だとすると、2カ所だけ、どうしても現場の状況に符合しない皮下出血が見られた。
 それは他の部分と比べると薄く小さな皮下出血だったので、見逃してしまいそうだったが、ベテラン検視官には違和感を感じさせるものだった。
 事故なのか、事件なのか?
「検視官、一課ですか?」
課長代理が聞いた。
検視官はしばらく黙ったままで、
「・・・いやそれはまだ。変死体事案ですね」
「今日は、慈恵ですね」
課長代理は、携帯をとりだして、電話をかけた。
 町田署管内では、慈恵医大と杏林大で曜日ごとの当番で解剖を担当してもらっていた。
「検視官、説明を」
烏城は検視官に聞いた。
「転落した場所、落下の向き、そのときにできた傷と、ほぼ矛盾はないんだが、この肩と脇の皮下出血だけが説明がつかない。事故直前のものか、それよりも前にできていたものなのか?」
「事件の可能性もある?」
「分からないから『変死体』と判断したんだ」
検視官に促されて、ブルーシートを出て、自転車が倒れている転落現場にきた。
「ホトケさんは、この場所から落ちたわけだ。ここはちょうど路面が雨水を川に流しこむ樋の蓋担ってる部分。昨日は雨だったし、滑りやすかっただろう。ホトケさんの着衣や周辺に雨具がなかったこと所から、濡れながら自転車に乗っていた。だから家路を急いでいたはずで、自転車を飛ばしていた。時速20キロ。何かの拍子で、この蓋のところでスリップしてしまい、バランスを崩して、この手すりにぶつかった。高さ70センチの手すりを超えて、河川敷に落下。運悪く、河川敷の石に頭をぶつけた・・・」
検視官はまるで見ていたかのように言う。
「・・・しかし、この説明だと肩と脇の皮下出血が問題となる。もし、直前についた皮下出血だとすると、この場所で何者かに突き落とされたのでは?」
烏城の目が大きくなった。
「あんた人が死んだってのに、うれしそうだな?」
烏城は、それには答えずに、課長代理のほうへ向かった。
「課長。神原と湯川に、ホトケと一緒に慈恵に行かせます。池永苑恵の家には、キソウが行きます」
「さすがに代理は、早いですね」
烏城は自分の職分をおかされたような気分になりながらも、この課長代理がいなければ、現場を切り盛りできないであろうとは分かっていた。
 実績もないキャリアが課長だから、ベテランのノンキャリアの課長代理がいるわけだ。
「課長は、署長に行政解剖の許可のサインをいただいてきてください」
丁寧な口ぶりだが、ようは邪魔だから、現場に来るなと言いたいらしい。
 課長代理の皮肉を笑顔で交わして、
「それじゃ署にもどるよ」
といって現場を離れようとした。
「課長、それ脱いでいってください」
課長代理は、烏城の足を指さした。
烏城は、靴にかぶせたビニールのカバーを引きちぎって、車に戻っていった。