東京都町田市は、複雑な場所に位置する。江戸時代から、相模の国と武蔵の国とで境が争われてきた。
明治時代に、神奈川から東京に移管した。
その入り組んだ地形から、過去幾度となく市境を変更している。
そのため、隣接している各自治体の境が曖昧であり、しかもそれが都県レベルで変わるため、そういう場所には自然と犯罪者たちが集まってくるのだ。
簡単に言えば、警視庁と神奈川県警。二つの大きな自治警察のメンツがぶつかり合う場所が、町田市だった。
その昔、横浜で起こった警官銃撃犯が町田の山に逃げ込んだことがあった。警視庁、神奈川県警は、それぞれ特殊部隊を出して捜索にあたったが、現場指揮権を争っている間に、犯人は民家に逃走、人質を取って籠城する事態になってしまった。
このときは警察庁が介入し、現場指揮を警視庁が執ることとなった。
などなどの事情から、町田警察署はいわゆるキャリアポジションの一つになっている。
烏城は入庁17年になるキャリアだった。だが、いまだに所轄の課長だった。
元々出世や社会正義のために警察官僚を目指したわけではなかったが、いまの人事には屈辱を感じていた。
烏城が30歳のとき、彼は神奈川県警港署の刑事課長だった。そのとき部下の刑事が捜査情報を漏洩する見返りに、六本木のカジノで接待を受けるという不祥事を起こした。しかも、その情報を受けた警視庁の一斉摘発にあって逮捕されてしまったのだ。
明らかに警視庁と神奈川県警の確執が生んだ摘発だった。
だが部下の不祥事は、たとえキャリアといえども、責任を回避できない。
烏城は、警視の階級のまま地方警察を転々とすることになった。
37歳の時、上司の紹介で見合いをした。警察庁最高幹部の娘だった。烏城はこれを自分の出世に利用しようと思った。
多少強引に彼女と交際を始め、結婚した。
そして彼の目論見通り、出世のチャンスを呼び込んだ。
まず階級が警視正になった。同期がとっくの昔に上がった階級に何年も遅れてなれたのだ。
そして結婚して一年、山梨県警甲府警察署長から警視庁町田警察署への移動が命じられた。
2年、この所轄にいれば、警視庁刑事部長のポジションが約束されたのだ。明るい未来が約束されるはずだった。
だが、妻の眞砂子は、それを喜んではくれなかった。烏城にはそれが分からなかった。夫の出世を喜ばない妻。
夫婦の心の距離は離れ、そして、東京に転勤すると妻は家を出て行ってしまった。
約束された未来に、暗雲がたれ込み、烏城は苛立った。
管理職としての適性を問題視する声も、露骨にきくにいたっては、もはやこの世界には長くいられないだろうと思うようになった。
忌み嫌っていた父親と同じ道へと、落ちている気がしてならなかった。
不安は、苛立ちに変わり、その怒りを部下に露骨にぶつけた。
半年もしないうちに、署内に味方はいなくなっていた。
コネによる出世が消えそうな今、実績を積み上げるしか、出世の道はなかった。
だから、部下たちには、どんなに些細な事案でも、立件するように命じたのだった。
その成果は着実に上がっていたが、烏城はまだ物足りなかった。
大きな事件が起きないか、いつしかそんな風に考えるようになっていた。