浜に行くと地元の人達が数人集まって、沖を見つめながら、口々に何か言ってるんで、
(あれ?何かあったのかなァ・・・)
それと無くその場にいると、聞くとも無く、沖で行方不明者の捜索が行われている事を知った。
「・・そうか、夏は毎年、水の犠牲者が出るんだよなァ・・」
と、ひとり呟いて、波打際をしばらく行ってみると、波に打ち寄せられて漂っているエア・マットが目に入った。
(・・あれ?? 人の姿が無い。誰か忘れていったんだろうか?それとも、どこからか流れ着いたんだろうか?)
そんな想像をして、勝手に乗って、しばらく遊ぶと、そのまま抱えて、合宿所に持って帰った。
夕食の時、誰かが、
「なぁ、隣の海水浴場で、昼にエア・マットに乗って沖に出た若い男が、夕方、水死体で見付かったんだってさァ。それがさ、その死体は、右手に長い髪の毛の束を、しっかり握ってたっていうんだ。何だか気味が悪いよなァ・・」
と言った。
その時にふっと思った。
(そのエア・マットって・・・まさか?!あのエア・マットじゃないだろうな?)
翌日の昼過ぎに、仲間の内山君が
『これ、借りるぞー』
と言って、エア・マットを抱えると浜に出て行った。
自分も後から浜に行くと、少し沖で、エア・マットに腹ばいになって、気分よさそうに浮いている、内山君の姿があったんで、
「オーイ!」
と大声で呼ぶと、こっちに気付いて、大きく手を振った。
そして両手で水を掻いて沖へ向かって行った。
自分は砂浜にビニールシートを敷くと、ゴロンと寝そべって、真夏の陽射しを浴びていた。
気がつくと、いつの間にか内山君の姿が見えなくなっていた。
波に揺られてだいぶ沖まで出て行ったらしい。
時間が過ぎて、陽も傾くと浜の人影もまばらになったんで、そろそろ自分も引き揚げる事にしたんだが、内山君の姿が見えない。 (あいつ、どこまで行っちゃったんだろう?ま、そのうち戻って来るさ・・・)
そう思って、合宿所へ帰った。
ところが夕食の時刻になっても、彼は帰って来なかった。
食事も済んで、皆で騒いでいるうちに、時間になって皆が眠りについた。
自分は昼間の日焼けの疲れもあって、正体もなく眠り込んでいた。
網戸を通して、時折入って来る風が、火照った体を、心地よく撫でてゆく・・・
と、一瞬風が止まった。
で、ふっと目が覚めた。
あちこちで寝息が聞こえる。
ボヤーッと辺りを見回すと、暗い座敷の隅に誰か立っているんで、誰だろうと見ると、
全身、ぐっしょりと濡れた内山君が帰ってきていた。
「・・内山か?・・・お前どうしたんだよ。今頃まで何してたんだ?」
と聞くと、自分の近くまできて座ったんで、自分も起きて座った。
その時、何か変な感じがした。
すると、内山君が話し始めた。
『俺さ、エア・マットに腹ばいになって、水を掻いて、沖に向かっていたんだよ。するとうまい具合に、流れに乗って勝手にエア・マットがどんどん進んで行くんだ・・・。』
『俺は急に不安になってきて、慌てて足をバタつかせて、両手で水をバシャバシャと掻いて、エア・マットの向きを変えて浜に戻ろうとしたんだ。だけど、全く進まないんだ。それどころか、ますます流されてゆくんだよ。』
『陸が小さく遠ざかってゆくのさ。そうするうちに海面が次第にうねってきて、エア・マットが大きく揺れ出したんだ』
『うねりに乗って、ぐーっともち上げられたかと思うと、今度は一気にぐーっと波間に沈んで、またぐーっともち上げられて右へ行ったり左へ行ったり、激しく揺れるんだ。俺は海中に落されないように、エア・マットに必死にしがみ付いていたよ。』
『その時だっ!不意に何かの気配を感じたのさ。』
『そいつは自分の近くにいるようだった…』
『大きくうねる海面を見回したよ。ところが何もいないのさ…』
『いや、そうじゃない?!そいつは、すぐ近くの見えないところにいるんだ!という事は、自分のすぐ真後ろか、自分が腹ばいになっている・・・』
『このエア・マットの真下にいる・・・・・・!!!と思った途端に恐ろしくなった。』
『と、その瞬間、エア・マットの下で何かが動いたんだ!』
『やっぱり下に何かいる。ここから早く離れようと、両手で水を掻くと、指に何か絡みついてきた。変な感触がして、水中から手を引き上げてみると、長~い髪の毛なんだよ、人の髪の毛・・・。誰もいない海の真ん中でだぜ・・・。』
『((こりゃ何だっ))と思ったよ。』
『その時、視線の端にエア・マットの両端を掴んでいる、青紫に変色した人の指が見えたんだ。思わず喉の奥で声にならない悲鳴を上げたよ。それが生きてる人間のものじゃない事は、ひと目でわかった。熱い陽を浴びながら、俺のはゾクゾクと冷えてゆくのを感じたよ。』
『今、自分が腹ばいになっている、エア・マットの裏側に、死体が張り付いているっ!と思ったら、恐怖で頭がいっぱいになって、どうにか振り払おうと、ただもう闇雲に手足をバタバタバタバタとバタつかせてると、うねりでもち上げられたエア・マットが、バタンッと裏返って、俺が海中に落ちて、エア・マットの下になっちまった。マットの縁を掴んで、海面に顔を出そうとすると、頭が上がらない。なおも上げようとしても上がらない、俺は焦ってきた。水中から上を見上げると、エア・マットの縁から、腐った女の顔が覗いて、白目を剥いて、水の中の俺をジッーーー と見下ろしているんだ。』
『((苦しい。息が出来ない・・・))海面に出ようと、必死にもがいたよ。その時、女の長い髪の先が、水中まで垂れ下がっているのが見えたんだ。』
『俺は咄嗟に、その髪の毛を掴むと、思いっ切りグーーーーーーーーーーーーッと引っ張ったんだ。』
『すると、ズルズルッと腐った頭から抜け落ちたんだ。そして、次の瞬間?!女が、俺の頭を掴んで暗い海中にググググーッと沈めていったのさ・・・・・・』
と言って、
『・・・・・・ フフッ ・・・・・・』 と小さく笑って、内山君は部屋を出て行った。
(ああ、シャワーを浴びて着替えるんだろう・・・)
彼は待つうちに眠ってしまった。
翌朝起きると、内山君の姿が無かった。
(あれ?もう浜にでも行ったんだろうか?)仲間に聞くと、誰も彼の姿を見ていない。昨夜の様子といい、妙な胸騒ぎを感じた。
皆に、夜中に帰ってきた内山君から聞かされた話をすると、誰もが気味悪がった。
するとひとりが、
「全身濡れて帰ってきて、シャワー浴びたんなら、着替えてるから、短パンもTシャツも、洗濯籠に入ってるだろう??」
と、確かめに行って、戻ってくると、
「昨日、夕食前に洗濯したままで、籠の中は空っぽだったぞー」
と言った。
(じゃあ、あいつは濡れたままで、またどこかへ行ったんだろうか?)
彼の行動を不審に思っているところへ、合宿所のおばさんが青ざめた顔で駆け込んできた。
「すいませんけどねぇ、皆さんの中で、どなたか昨日から帰ってない人っています?今、警察から連絡があって、うちにきている人かどうか、確認して欲しいって言うんだけど…」と言うと、皆が自分を見たんで、
「昨日の夜中に、内山がぐっしょり濡れて帰ってきて、俺と少し話をして、その後見てないんですよ。何かあったんですか?」
と聞くと、おばさんの顔がますますこわばって、
「じゃあ、私と一緒に確認に行ってもらえます?若い男の人の水死体が上がったそうなんですよ」
さすがに皆驚いて、で、全員で行く事にした。
おばさんの後を、ゾロゾロ付いてゆくと、そこは地元の漁師さんの漁船の船着き場で、コンクリートの防波堤の上に、シートをかぶった死体らしいものが横たわっているのが見えてきた。
その周りには、地元の人や漁師さんに警官の姿もあった。
皆が少し離れたところで立ち止ると、おばさんが駆けて警官のところへ行って2言3言、何か言うと、警官が我々の方を向いて、手招きしながら、
「お願いします」
と言った。
皆が恐る恐るシートを遠巻きにして立って、覚悟をきめると、やおら近寄って行って、で、事の成り行き上、自分がシートの端を掴んだ。
他人であることを祈りながら、静に捲ってゆくと、次第に顔が現れてきて、
(うわゎゎゎっっっっーーーーーーーーーーーーーーー)
ほとんど同時に、皆が声を上げた。
その顔は内山君だった。
「我々の仲間です」
と警官に告げると、年配の漁師さんが近付いてきて、
「明け方、網に掛かって上がったんだけどな、でも死んだのは、おそらく、昨日の陽のあるうちだろうな~」
と言った。
(えっ、じゃあ、昨日、夜中に帰ってきたのは・・・・?内山は、あの時、既に死んでたのか・・・?!)
呆然としていると、警官が、
「これがどうも、わからないんですがねぇ」と言いながら、シートを捲っていって、内山君の手を指差すと、
「かなりの量の髪の毛を握ってるんですがね・・・・・・」
と言った。
見ると内山君の死体は、右手に長い髪の毛の束を、しっかりと握っていた。
「女性の髪の毛と思われるんですが、それも死んだ人の髪の毛のようなんです。死ぬ直前に掴んだんでしょうけど、一体誰の髪の毛なんでしょうね?どこで掴んだんでしょう?」と言ったんで、ふっと、昨日内山君が浮いていた沖の辺りを見ると・・・・あのエア・マットに、髪の長い女が、腹ばいになって波に揺られているのが目に入った。