いまから10年ほど前のお話です。
東京の御茶ノ水駅を降りてすぐそばにあるM大学。
現在は再開発が進んで、とても近代的な建物になっているのですが、私が通っていたときは再開発の前で、古い建物でした。
建物のあちらこちらに学生運動の片鱗が見え隠れして、面白かったです。
学生会館の前には、独特のレタリングで『成田闘争勝利!』とか『米帝の○○を許すな!』とか、そういう立て看板があったり、階段には、机やイスが積み上げられて、バリケードがあったりして。エレベーターも、押してもあがれない階があったりして、本当に興味深い場所でした。
この大学の学生でも、一般の学生が立ち入れない場所があったんですよ。
そのほとんどが、まだ当時、学内でも力を誇っていた学生自治会の意向だったんですが、そうじゃない場所もあったんです。それが、5,6号館と7号館校舎の間の中庭でした。
そこには廃材なんかが無造作におかれているぐらいでしたが、特別危険であるとか、学生自治会が隠さないとイケナイモノがあったとかというわけではありませんでした。普通に階段で下りられたのですが、誰も寄りつかない場所でした。しかし、学生の間では、近づいてはいけないところとして、語られていました。
その年の学園祭に、私が所属していたサークルが参加することになりました。サークル活動とは関係なく、喫茶店をやることになりました。
そういうわけで、20人くらい入る教室を借りて、準備するわけですが、それを仕切るのが学園祭実行委員会。実質的には学生自治会でした。自治会の意向に逆らうと、部室を取り上げられたり、不利益を被るので無茶な要請でも従っていました。たとえば、学生デモに参加したり。
学園祭でも、備品等のレンタルは自治会と提携している生協を通じて借りなくてはいけなかったし、売って良いものとイケナイモノとが、事細かく決まっていました。
備品の搬入スケジュールも細かく決まっていました。○階の搬入は、○時から一時間で、これだけのモノを搬入しますというように、事前に報告していないといけなかったのです。
これは多くのサークルが参加するので、大型の機材の搬入が重なったりすると、トラブルの原因となるからです。
私達のサークルも、準備をしていました。ところが予想以上に広い教室を借りてしまったので、机やイスが足りなくなってしまいました。そこで別の教室の机とイスを借りようとしたのですが、無理だと断られてしまいました。学校の備品は勝手に使えなかったのです。
そのとき、5号館、7号館の中庭の机を思い出しました。
誰も近寄らない場所にあるので、黙って持ってきても、問題ないだろう。
「おい、あの中庭の机なら、勝手に使っても大丈夫じゃないか?」
「うん?そうだな・・・でも、あそこはまずくないか?」
「大丈夫だよ。別に立ち入り禁止って訳じゃないんだから」
友人と二人、とりあえず使えるかどうかだけでも見に行くことにしました。
もう夜遅い時間だったのですが、学園祭の準備で忙しくしている学生たちの雑踏も、その場所には聞こえてきませんでした。誰も来ないからか、電気代節約のためか、電気が無い場所でした。校舎の外階段の明かりとボイラー室の窓から漏れる薄暗い明かりだけが光源で、それを頼りにするしかありませんでした。
中庭の近くにボイラー室があって、そこからボォォっと重低音のモーターか何かの音だけが聞こえていました。
そこには脚を折りたたんだ状態の机とイスが、整然と積み上げられていました。野ざらしにされていた割に、全然問題なさそうでした。
「ちゃんと掃除すれば使えるな」
「どうせテーブルクロスを敷くんだし、いいんじゃない?」
即決で、使うことに決めました。
運び出すために友人が後輩を呼びに行ってる間、私が比較的きれいな机を選んでいました。しばらくして、視線を感じました。振り返っても、誰もいない。おかしいなと思ったけれど、作業を続けました。
再び視線を感じました。辺りをキョロキョロ見回すと、6号館と7号館を結ぶ渡り階段の2階部分のところから、こちらをジッと見ている女がいました。
たばこでも吸ってるのかと思ったんですが、そうではなくただ手すりにもたれて、こちらを見ている感じでした。
気味が悪かったのですが、無視して作業を続けました。しばらくして、友人が後輩を連れて戻ってきました。
後輩たちに自分が選んだ机を持たせて、私はパイプイスを運び出しました。ふと、先ほど女がいた場所に目をやったのですが、もう誰もいませんでした。
自分たちの教室に戻るときに、その女が立っていた場所に通りがかりました。
そのとき、ドンっと何かに押された感じがして、私はバランスを崩して階段から落ちそうになってしまいました。そのとき持っていたイスを、中庭に落としてしまいました。
「何やってるんだよ」
友人が笑いながら言いました。
「拾ってくるから、先に行ってて良いよ」
私が走って降りると、友人たちは待っててくれて、上から見ていました。落としてしまったイスは壊れていたので、別のイスを見繕うことにしました。イスが積み上げられている場所から、イスを抜き出しました。その途端、イスが崩れてしまって、その一部が私に落っこちてきました。危うく下敷きになって怪我するところでした。その崩れたイスの中から使えるものを選んで、みんなが待っている場所に急いで戻りました。
戻った途端、
「気味悪かったな」
と、友人が声を漏らしました。
「何が?」
「いまお前、イス探してたじゃん。その後ろのボイラー室の前のベンチにさ、女が座ってたじゃん?そいつがじーっとお前のこと見てたんだよ。それで、お前がイスの下敷きになりそうになっただろ?その女さ、一瞬、ニヤっとしたんだけど。その顔、血まみれに見えたんだ」
「え?よせよ、そんな女いなかったぜ・・・」
からかわれてると思いました。しかし後輩たちも見たというのです。
見ると、さっきまで自分がいた場所が、ボイラー室の薄暗い紅い照明のせいで、まるで血で染めたようでした。
その話を先輩にすると、
「あぁ、それあり得るな」
と言いました。
「昔、昭和40年ぐらいかな。学生運動が盛んだった頃の話なんだけど。ある闘争で、学内に機動隊が入ったんだよ。そのとき、バリケードであの場所って封鎖されていたんだけど。機動隊がそのバリケードを突破するときにさ、イスや長机なんかを中庭に放り投げたらしいんだ。そのとき、下にいた女子学生に落ちてきた机かイスに頭をぶつけてさ、死んじゃったらしいんだ。それ以来、あの場所には、女の幽霊が出るっていうんで、誰も寄らなくなっちゃったんだよ」
それを聞いて、妙に納得がいったのを覚えています。
その数日後、政経学部の教授が、その場所で、死体になって見つかりました。
警察の調べで、私がイスを落とした外階段から落ちたことがわかりました。
高さから言って、自殺ではないと判断されました。
しかし、本当に事故だったんですかね?私は、違うと思うんですが・・・。
東京の御茶ノ水駅を降りてすぐそばにあるM大学。
現在は再開発が進んで、とても近代的な建物になっているのですが、私が通っていたときは再開発の前で、古い建物でした。
建物のあちらこちらに学生運動の片鱗が見え隠れして、面白かったです。
学生会館の前には、独特のレタリングで『成田闘争勝利!』とか『米帝の○○を許すな!』とか、そういう立て看板があったり、階段には、机やイスが積み上げられて、バリケードがあったりして。エレベーターも、押してもあがれない階があったりして、本当に興味深い場所でした。
この大学の学生でも、一般の学生が立ち入れない場所があったんですよ。
そのほとんどが、まだ当時、学内でも力を誇っていた学生自治会の意向だったんですが、そうじゃない場所もあったんです。それが、5,6号館と7号館校舎の間の中庭でした。
そこには廃材なんかが無造作におかれているぐらいでしたが、特別危険であるとか、学生自治会が隠さないとイケナイモノがあったとかというわけではありませんでした。普通に階段で下りられたのですが、誰も寄りつかない場所でした。しかし、学生の間では、近づいてはいけないところとして、語られていました。
その年の学園祭に、私が所属していたサークルが参加することになりました。サークル活動とは関係なく、喫茶店をやることになりました。
そういうわけで、20人くらい入る教室を借りて、準備するわけですが、それを仕切るのが学園祭実行委員会。実質的には学生自治会でした。自治会の意向に逆らうと、部室を取り上げられたり、不利益を被るので無茶な要請でも従っていました。たとえば、学生デモに参加したり。
学園祭でも、備品等のレンタルは自治会と提携している生協を通じて借りなくてはいけなかったし、売って良いものとイケナイモノとが、事細かく決まっていました。
備品の搬入スケジュールも細かく決まっていました。○階の搬入は、○時から一時間で、これだけのモノを搬入しますというように、事前に報告していないといけなかったのです。
これは多くのサークルが参加するので、大型の機材の搬入が重なったりすると、トラブルの原因となるからです。
私達のサークルも、準備をしていました。ところが予想以上に広い教室を借りてしまったので、机やイスが足りなくなってしまいました。そこで別の教室の机とイスを借りようとしたのですが、無理だと断られてしまいました。学校の備品は勝手に使えなかったのです。
そのとき、5号館、7号館の中庭の机を思い出しました。
誰も近寄らない場所にあるので、黙って持ってきても、問題ないだろう。
「おい、あの中庭の机なら、勝手に使っても大丈夫じゃないか?」
「うん?そうだな・・・でも、あそこはまずくないか?」
「大丈夫だよ。別に立ち入り禁止って訳じゃないんだから」
友人と二人、とりあえず使えるかどうかだけでも見に行くことにしました。
もう夜遅い時間だったのですが、学園祭の準備で忙しくしている学生たちの雑踏も、その場所には聞こえてきませんでした。誰も来ないからか、電気代節約のためか、電気が無い場所でした。校舎の外階段の明かりとボイラー室の窓から漏れる薄暗い明かりだけが光源で、それを頼りにするしかありませんでした。
中庭の近くにボイラー室があって、そこからボォォっと重低音のモーターか何かの音だけが聞こえていました。
そこには脚を折りたたんだ状態の机とイスが、整然と積み上げられていました。野ざらしにされていた割に、全然問題なさそうでした。
「ちゃんと掃除すれば使えるな」
「どうせテーブルクロスを敷くんだし、いいんじゃない?」
即決で、使うことに決めました。
運び出すために友人が後輩を呼びに行ってる間、私が比較的きれいな机を選んでいました。しばらくして、視線を感じました。振り返っても、誰もいない。おかしいなと思ったけれど、作業を続けました。
再び視線を感じました。辺りをキョロキョロ見回すと、6号館と7号館を結ぶ渡り階段の2階部分のところから、こちらをジッと見ている女がいました。
たばこでも吸ってるのかと思ったんですが、そうではなくただ手すりにもたれて、こちらを見ている感じでした。
気味が悪かったのですが、無視して作業を続けました。しばらくして、友人が後輩を連れて戻ってきました。
後輩たちに自分が選んだ机を持たせて、私はパイプイスを運び出しました。ふと、先ほど女がいた場所に目をやったのですが、もう誰もいませんでした。
自分たちの教室に戻るときに、その女が立っていた場所に通りがかりました。
そのとき、ドンっと何かに押された感じがして、私はバランスを崩して階段から落ちそうになってしまいました。そのとき持っていたイスを、中庭に落としてしまいました。
「何やってるんだよ」
友人が笑いながら言いました。
「拾ってくるから、先に行ってて良いよ」
私が走って降りると、友人たちは待っててくれて、上から見ていました。落としてしまったイスは壊れていたので、別のイスを見繕うことにしました。イスが積み上げられている場所から、イスを抜き出しました。その途端、イスが崩れてしまって、その一部が私に落っこちてきました。危うく下敷きになって怪我するところでした。その崩れたイスの中から使えるものを選んで、みんなが待っている場所に急いで戻りました。
戻った途端、
「気味悪かったな」
と、友人が声を漏らしました。
「何が?」
「いまお前、イス探してたじゃん。その後ろのボイラー室の前のベンチにさ、女が座ってたじゃん?そいつがじーっとお前のこと見てたんだよ。それで、お前がイスの下敷きになりそうになっただろ?その女さ、一瞬、ニヤっとしたんだけど。その顔、血まみれに見えたんだ」
「え?よせよ、そんな女いなかったぜ・・・」
からかわれてると思いました。しかし後輩たちも見たというのです。
見ると、さっきまで自分がいた場所が、ボイラー室の薄暗い紅い照明のせいで、まるで血で染めたようでした。
その話を先輩にすると、
「あぁ、それあり得るな」
と言いました。
「昔、昭和40年ぐらいかな。学生運動が盛んだった頃の話なんだけど。ある闘争で、学内に機動隊が入ったんだよ。そのとき、バリケードであの場所って封鎖されていたんだけど。機動隊がそのバリケードを突破するときにさ、イスや長机なんかを中庭に放り投げたらしいんだ。そのとき、下にいた女子学生に落ちてきた机かイスに頭をぶつけてさ、死んじゃったらしいんだ。それ以来、あの場所には、女の幽霊が出るっていうんで、誰も寄らなくなっちゃったんだよ」
それを聞いて、妙に納得がいったのを覚えています。
その数日後、政経学部の教授が、その場所で、死体になって見つかりました。
警察の調べで、私がイスを落とした外階段から落ちたことがわかりました。
高さから言って、自殺ではないと判断されました。
しかし、本当に事故だったんですかね?私は、違うと思うんですが・・・。