人間の生死に関して、法律的にはちゃんと決まっていません。
たとえば、人間は生きて生まれて人間として扱われるが、胎児から人間に変わる瞬間がいつであるか、法律学者はずっと学説を戦わせています。
高度医療が進むにつれて、本来なら未熟児出産として、死が確定的だった赤ちゃんも、助かる可能性が出てきています。
同じように人の死も、法律上は曖昧なままでした。
生命活動が無い状態。それが死。
では生命活動とは?
今日、臓器移植法案改正で、脳死も生命活動停止と考えて、人間の死であるとなったのです。
このことに関して、日本の宗教界がまったく大きな声を出していないことに、失望を隠せません。
宗教界はまったくこのことに関心がないみたいです。
まぁ、日本の宗教は、そろばん勘定に忙しいのでしょうが。
しかし、今回、最大の問題点は、脳死という医学界でも曖昧な定義を、人の死としてしまったこと。
臨床例でも、最近では一度脳死判定がされても、ある治療法を実践したところ、回復するという事例が出てきているのです。
今回の法案がもし成立してしまったら、こういう高度医療を施してもらえなくなる可能性があります。
今回の法案がもし成立してしまったら、こういう高度医療を施してもらえなくなる可能性があります。
移植学会が臨床例をあげたいという己が欲望のために、無理矢理法律を作ろうとしているようにしか見えません。
そもそも、人の命に関わる問題は、宗教観、倫理観という根源的なモノの、国民のコンセンサスが重要で一朝一夕に決めるべきことではないはずで。
生命を定義できない程度の科学しかもたないい我々が、神の領域に踏み込む法律を作るのは、傲慢で不遜な行いだと思う。
本当に、脳死(それ)は人の死か?