20世紀少年 第一章 | Happy-Gate

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半径5mのライフログです。

 第一章をDVDでみました。
 原作は、スピリッツ連載開始時だけ読んだことがありましたが、シリーズを通しては読んでいません。
 ですので、全く情報を入れないで、まっさらな状態で観ることが出来ました。

 大まかなストーリーを言うと、元ミュージシャンで現在はコンビニ経営者の主人公が、子供の頃、秘密基地で作った「よげんの書」通りに、テロ事件が起こっていることに気付き、人類滅亡を企てる宗教団体「ともだち」の野望を、秘密基地の仲間たちと阻止する戦いを描いています。

 宗教団体の「ともだち」の教祖は、主人公のケンジの仲間だったことが描かれていて、いつもハットリくんのお面をつけています。

 そして、子供の頃の回想と現代と未来を、行ったり来たりして、物語が進むのですが。

 観て思ったことがあります。
 これはまさに浦沢直樹の妄想と私小説(マンガ)なのではないでしょうか?

 映画の始まりは、囚われの漫画家の独白から始まります。
 何か描いてはいけないストーリーのマンガを書いてしまったから、捕まってしまったと。

 これは浦沢が普段から思っていることなのではないでしょうか?

 マンガというものは、個人で描くわけではなく、商業誌の場合、編集者やアシスタントなど様々な人間が、一つの作品に携わります。
 その過程で、作者が思い描いたようなストーリーが、徐々に曲げられていき、全く違うストーリーに変えられてしまうことも、ままあります。
 しかし、マンガの評価を下す読者は、その出来の責任を作者へと向けます。
 自分で100%作った作品なら、その評価を甘んじて受けられるでしょうが、編集者たちによって自分が思い描いていた世界をねじ曲げられても、その責任だけを負わされるのは理不尽であると感じるでしょう。
 そんな漫画家という生活が、牢獄という、彼の心象風景なのではないでしょうか?


 そして、浦沢の根本に、今の社会への不満があり、同時に、過去を懐かしんでばかりでいいのかという疑念もあるのでは?

 浦沢直樹は、オウム世代です。

 オウム真理教が、その教義の果てに起こしたテロ事件は、まさに彼等世代が子供の頃に読んだようなマンガやアニメの実践に他ならなかった。
 同じ世代の人間が起こした凶悪事件に、彼は驚愕したでしょう。
 そして、オウム世代と呼ばれた年代の人間が異口同音にする、彼等へのシンパシー。
 オウムが実行しようとした教義に、ノスタルジーがかきたち、そんなことを考えていた子供の頃を思い起こさせたのでは?
 故に、本当に自分たちの子供時代60年代、70年代は、どういう時代だったのか、検証してみたくなったのではないか?
 そして、彼の中にあったのは、子供の頃、夢見て憧れだったはずの手塚治虫が描いた21世紀の街並み。科学技術が幸福にしてくれるはずの未来。
 だが、今現在、21世紀に住む我々の前には、あの夢の世界はないのです。
 だから、すべてを御破算にしたかったわけです。それが映画ラストのロボットが街を破壊していく描写だったのでしょう。

 まさに浦沢の私小説(マンガ)でしょう。

 こうしたメタの視点で見ると、それなりに楽しめる作品でありました。