ラジオでオタクを語ってた | Happy-Gate

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半径5mのライフログです。

 TBSラジオで夜やってる「アクセス」って番組で、きょうはオタクをテーマに不毛な論争をしていた。
 なんでもオタクってのは、いいカモになるってんで、野村総研が試算を出したそうで、それでもはやオタクは文化じゃねぇの?って言うんで、論争してるんですよ。

 私は、オタクはメインカルチャーではなく、サブカルだと思うんです。だから、決して文化と呼べるほどまで、熟成していないと思うんですよ。

 オタクって、広義では自分の興味のあることには、ものすごく詳しくて、そうではないことには全然な人らしい。
 って、普通の人間って、そうじゃねぇの?それじゃ、人類皆オタクかい?

 やっぱ狭義では、漫画、アニメ、ゲームなんかが、めちゃめちゃ詳しい人のこと。
 プラスすると対人関係をうまくできない人らしい。

 でも、それじゃあ、これらを商売にしている人は、ごまんといるわけだし、対人関係がすべてうまくいっている現代人なんて、一人もいない訳じゃない?つまり、彼らはオタクなの?違うよね?

 少なくてもイメージするオタクは、人付き合いが下手で、漫画とかアニメとかめちゃめちゃ詳しくて、ファッションはダサダサで、どっちかって言うと異性にはモテナイ感じ。
 
 だいたいこのイメージってどこから来たのかな?

 これって、Mさんだよね。Mさんって、「さん」付けするけど、これはまだ刑罰が確定してないからだからね。私は一応法律家のしっぽみたいな感じなので、建前的に推定無罪をいっているだけです。

 さて、Mさんと訊いて、ピンとこない人もいるでしょう。
 
 今から15年くらい前に関東周辺を震撼させた連続幼女誘拐殺人事件の容疑者で、いまは被告人。
 こいつアニメやホラー映画オタクで、自宅の家宅捜索の際に、膨大な量のビデオテープが押収されていたのを、何度も報道で観たんだよ。
 こいつの容姿や趣味なんかが、一般的オタクイメージになった気がするんですよ。

 「Mはキモイ」が、やがて「アニメオタクはキモイ」に変化した。

 だから、本当、イメージするいわゆるオタクって、観たこと無いんだよ。オタクの街になってしまったアキバには一回も行ったこと無いけど、それでも、電車男はいないことを知っている。
 渋谷にガングロがいなかったように、街のイメージを勝手にメディアが作ってしまうんだよね。
 
 漫画やアニメ、ゲームなんか、世界で支持されている。これはオタク文化が、世間に認められた証拠だというけれど、これはあくまで消費なんだよね。つまり、どれだけのお金がつぎ込まれたかで、ものの判断をしているだけ。
 確かに、宮崎駿や押井守、大友克洋なんかは、作品の内容を評価されている希有な存在だけど、ほとんどのアニメ、漫画、ゲームは内容を評価されていない。
 漫画なら、何万部売ったかだし、アニメなら視聴率、関連グッズの売り上げだし、ゲームも出荷枚数だけ。
 もちろん最近は、評価する方向に流れ始めているけど、まともな評価はないよね。
 だって、何がいいのか分かんないでしょ?
 基本的に、これは子供の遊びの部類にはいるわけだから。

 ガンダムで有名な富野監督曰く、「アニメで社会現象を起こせなかった」が指しているとおり、何年かに一度くるアニメのブームは、あくまでアニメファンの間だけのことで、一般人を巻き込むほどのパワーないのだと。
 これは端的にいって、いわゆるオタク的世界が、文化になり得ていない証拠だと思う。
 漫画やアニメ、ゲームの作品が、社会のあり方や、人の生活や習慣に強い影響を与えてはいないということなのですよ。
 
 例えば、ルノアールの絵やシャガールのリトグラフには、強い感動をみる者に与え、何かを考えるきっかけになったりする。
 しかし、漫画やアニメ、ゲームにそこまでの思想信条の社会的インパクトがあるのか?時代を超えるだけのエネルギーがあるのか?疑問でしょ?

 でもオタクってのは、日本発世界へ向けての、ものすごいカルチャーに化ける可能性を秘めているとは思ってるんです。
 それはつまり人種も、国境も、政治信条も、宗教も、ほんとの意味で超えて、互いを理解する文化だと言ってもいいでしょう。
 世界的な共通文化です。
 しかし、そうなるためには、いまの商売優先の漫画、アニメ、ゲームとは一線を引かなければならないのです。
 なぜなら、このままでは単に高いおもちゃを買う馬鹿な大人って言う意味だけに、オタクがなってしまうからね。