※あくまで個人的見解デス
これから算命学勉強始めるよ〜という方のほんの少しの参考になればいいな〜
とある思想家で武道家である方が
とある新聞で語っておられました
「修行というものは先達に黙ってついてゆくだけで目的地ははっきりしない。
全行程を俯瞰できず
どんな技術や知識を身につけるのかも初めはわからない」
めちゃんこ硬くてすみません![]()
でもこれ読んだ時、算命学の勉強みたいだ!と思ったんです
なんてカッコイイ言葉なんだろう、しびれる!と反応するのは
わたしの中の若く青臭い牽牛星
興味深々の龍高星も後押し
「師匠、ついていきます!」と張り切って飛び込みますが
その目的地がわからない、という漠然としていて、つかみどころのなさに
焦りのようなものが心に生まれます
これは、包み隠さずいうと
もやもやしていて気持ちが悪い・・・
このままでいいのかしら
もっと他に早くスッキリ学べる方法があるんじゃないかしら
なんて浮気ごころもふつふつと湧いて出てくるのも事実
実際、そういう方法が向いている方も
絶対いらっしゃると思いますし・・・
どちらがイイとかの話ではありません![]()
そしてそのようなもやもやした時期を過ぎてしまうと
心が静かになります(個人的見解
)
焦りのようなものが全くない、とは言いませんが
ここ、よくわからないけど、多分先々で勉強が深まってくると
わかってくるんだろうな、とか
多分この部分は、先々で詳しく勉強するんだろうな、とか
全部覚えきれないけど、多分大丈夫だぁ〜、とか
“多分“という変な自信(!?)のようなものが
生まれてきています
先生に質問することも減ってきました
もやもやが受け止められるようになってきたのかな?
じわじわとわかってくるだろう
という、算命学や先生に対しての信頼感・・・
なのでしょうか
そのあたりも深掘りできたらいいのかもしれませんが
今はここまで表現するのが
精一杯![]()
また文章にできるようになれば
書きたいなぁと思います